「デパ地下の女王」こと東武百貨店池袋店とんかつの「まい泉」店長、山崎明希子の戦略はこうだ。
「閉店近くになると値下げするのですが、それでも、私はせいぜい100円程度しか下げません。揚げ物はもう少し下げるかもしれないけれど、カツサンドは下げません。毎日のことですから、損をしてまで売ることはできない。まずは、絶対に売るという気持ちを全員が持つ。そして、声を出します。閉店間際はどの店も声をからして呼び込みしますから、声は必要です。しかし、絶叫してはいけない。声の大きさもさることながら、愛嬌、そしてプラスアルファです。プラスアルファとは存在感というか。いつ立ち上がって売り始めるか、潮時をみること。私はすぐに声をあげません。ここぞという時に動きます」
食品売り場は午後9時がクローズだ。8時半ともなると、フロアは人でごった返しているが、どの店もショーケースのなかの半分以上は売り切れだ。
「100円引き」とか「半額」とかの値札が張られた商品をよそに、販売員が片付けを始める店もある。しかし、まい泉チームは誰ひとり片付けを始めていない。戦闘意欲は満々で、売り場の外に出て、口に手を当て、呼び込みを続ける。
「お安くなってまーす」
「まい泉のカツサンドでーす」
この辺の時間帯になると、どの店も「値引きしている」ことと店名の連呼だけになってしまう。買う方も早く帰らなきゃならないという事情があるから、「塩麹の味つけで……」といった理屈を聞いている余裕はないのだ。
安いかどうか、値打ちのある品かどうかだけがこの時間帯の客の関心である。
閉店時間が近づくなか、レジの前に立っていた山崎が売り場から外に一歩踏み出した。川中島の合戦で上杉謙信が立ち上がったと見まごうばかりの風格のある態度で、レジから外に出たとたん、「まいせんでーす! まいせんでーす!」と大喝したのである。そばの客がうわっと驚くばかりの気迫で、空気がびんびん鳴った。