走ると脳の中で何が起こるのか?

素晴らしい成果だが、この生徒たちの脳の中では、いったいどんなことが起きていたのだろう?

日本の脳科学分野の第一人者、京都大学名誉教授の久保田競先生に解説をお願いした。久保田先生自身、47歳で走り始め、79歳のいまも日々ジョギングを続けている市民ランナーである。30年前に『ランニングと脳・走る大脳生理学者』という予見的な本を書き、運動と脳の関係を解き明かす数々の実験成果を発表。現在の脳科学の進展をリードしてきた研究者だ。

「人間の脳はおもにニューロン(神経細胞)で構成されているんですが、これはストレスや老いで死滅していきます。それが脳の萎縮や機能低下を招くわけです。ところが、鍛え方次第ではニューロンを成長させ、シナプス(ニューロン同士のつなぎめ)の数を増加させられることがわかってきたのです。脳には可塑性があって、生きている限り自分でよくも悪くもできる。その鍵を握るのが運動、とりわけランニングなどの有酸素運動なのです。端的にいって、走れば頭はよくなります」

では、ランニングから「頭がよくなる」までのメカニズムを具体的に追いかけてみよう。

走る→脳下垂体から成長ホルモンが出る→肝臓からIGF1(インスリン様成長因子)という成長ホルモンを助けるホルモンが分泌される→IGF1が脳内へ入り、大脳皮質、海馬、小脳、脊髄などの神経細胞の核に入る→DNAに働きかけメッセンジャーRNAが作られる→脳の中でBDNF(脳由来の神経栄養因子)が生成される。

BDNFは、わかりやすくいえば脳を成長させる肥料のようなものだ。この肥料の働きによってニューロンの数が増えたり、樹状突起が伸びたり、シナプスが増える。その結果、脳が新しい機能を持ったり、学習や記憶の効率が上がる「長期増強」というメカニズムが起きる。つまり、頭がよくなるのである。パソコンにたとえるならCPUのスピードが速くなり、ハードディスクの容量が大きくなるイメージだ。