すべての運動は前頭前野から始まる

しかし、走ることでもたらされる成長はそれだけではない。「脳の最高司令塔」ともいわれる前頭前野まで活性化することがわかったのだ。

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運動で「ワーキングメモリー」が大きくなる

「それまで前頭前野は人間の精神活動を司っているところで、運動は運動野や運動前野などで行われていると思われていました。ところが、すべての運動は前頭前野から始まっていることがわかったのです。そして、運動することで前頭前野、なかでもワーキングメモリーといわれる8野と46野、前頭極といわれる10野が刺激を受け、活性化することが確認されました。これはすごい発見でした」

ワーキングメモリーは一時的に記憶を保持し、情報を分析したり、計画を立てたり、思索をするために重要な領域で、いわば複雑な仕事を行うための「作業机」、パソコンでいうところのメモリにあたる。前頭極は人間の脳においてのみ著しく肥大化して発達した部分で、ヒトをヒトたらしめる領域といわれる。脳の機能を調べるテストの中でもとくに複雑な「ブランチング課題」(複数のことを同時に行う作業)を処理する際にはこの前頭極が働く。

たとえば会話では、相手の発言を一時記憶しないとそれを受けた発言ができないが、これができるのはワーキングメモリーがあるからだ。さらに、前頭極が併せて働くことによって、オーケストラの指揮者が何十人もの楽団員が出す音を聴き分けながら、個々に指示を出し、ひとつの音楽を組み立てるような、きわめて複雑な並行作業まで可能になるのである。

一般的に「頭がいい」というとき、それは知的能力全般が優れていることを指す。つまり、注意力、判断力、決断力、記憶力があり、問題解決能力が高く、創造性に富み、人とコミュニケーションをとりながらものごとを実現する能力があるということだ。こうした能力を高めるには、ワーキングメモリーと前頭極がとくに重要になる。