「運命という言葉があるのなら、ヴァイオリンとの出会いは運命としか言えません。これがクラリネットだったら、僕はこんな人生を歩んでいなかったかも……」とは、毎日放送系列のテレビ番組「情熱大陸」の主題曲の作曲・演奏などで有名な、ヴァイオリニストの葉加瀬太郎さん。ヴァイオリンとの出会いは、1968年生まれの葉加瀬さんが4歳のとき。折しも、世間は子供のお稽古ごとブームに沸いていた。音楽をやらせたいと思った彼の父親が、知り合いの楽器店主に何がいいかたずねたところ、ヴァイオリンをすすめられ、それで決まり。レッスンを始めたころの記憶が、葉加瀬さんにはまったくない。

「実家は、大阪の千里ニュータウンにあり、僕は2DKに住む典型的な団地っ子。5人家族だから、ピアノを買ったとしても、家が狭くて置く場所がなかったので、ヴァイオリンならばOKだったんですよ」。人生に「たら」「れば」という言葉はない。が、もし楽器店主がクラリネットがいいと言っていたら、ピアノが置ける家に住んでいれば、と思うと、あらがえない運命を感じる。

「とはいっても、最初はお稽古ごとの域を出ていません。4歳で通い始めたのが、世界的に有名な『スズキ・メソード』で、そこでヴァイオリンを学びました。ここは音楽で子供の情操を育むというのが第一目的の教室だし、楽譜を読むという基礎学習もなかったんです。4年生になったころには、カリキュラムをやり終えてしまったので、さあ、次はどうしようかと……」

そんな葉加瀬さんに転機が訪れた。東京藝術大学で指導していた浦川宜也氏の公開レッスンを、10歳のとき、大阪で受けることに。もしプロのヴァイオリニストになりたいのであれば、専門の教育を受けるべきだと浦川氏にアドバイスされた。父の意思で始めたヴァイオリンだったが、ヴァイオリニストになりたいと思ったのは、ほかならぬ葉加瀬さん自身だった。

「もっともっとヴァイオリンが上手になりたかったんです。なぜかというと、同じ団地内の、のぶこちゃんという女の子を好きになり、彼女が僕よりはるかに難しい曲を弾いていたから(笑)。彼女に認められたかったんですね」。動機はやや不純だが、少年・葉加瀬太郎は、のぶこちゃんと一緒に、来る日も来る日もヴァイオリンのレッスンに励む。しかし、もう1人、ヴァイオリン三昧の生活を支えた人がいた。彼の母親だ。

「毎日、母が家でのレッスンを見てくれたんです。ヴァイオリンの“ヴァ”の字も知らなかったのに、彼女もヴァイオリンを勉強し、レッスンに一所懸命付き合ってくれた。『3度ごはん食べるなら、3回ヴァイオリンを持ちなさい!』と僕のお尻をたたきながらね。ちゃんと弾けないと、30センチくらいの竹の棒で、僕をピシピシたたく。そのときは『こんちくしょう!』と思いましたが、母が一緒にいてくれたおかげで、辛い練習に耐えられたのでしょう。それに、コンクールで賞をとれば、母が喜んでくれる。満足そうな顔も見たかったんです。子供の音楽のレッスンは、親子二人三脚でやったほうが絶対にいい。僕も、長女が1歳のときにヴァイオリンをプレゼントし、3歳から学ばせました。でも、娘の二人三脚のコンビは、妻(編集部注・タレントの高田万由子さん)。私の母がやったように、今13歳の長女と、レッスンという名の戦場で、妻は毎日格闘しているわけです。僕にはできないですよ! かわいい娘とそんな恐ろしい環境にいたくないから(笑)」