ある小節を弾けるようになるまで、気が遠くなるほど繰り返し行うレッスンを、まったく楽しいと思ったことがないと葉加瀬さんは言う。それでも、やめたくなったことは一度もない。

「だって4歳から始めていると、もはやヴァイオリンを弾くことは生活の一部。歯を磨くとか、ご飯を食べることと一緒です。ヴァイオリンをやめるという発想がそもそもない。さらに、レッスンは、例えるならバネのようなもの。辛い練習をすればするほど、バネにかかる負荷がぎゅーっと大きくなって、そのぶん手を離したときの反動が大きい。それは、上手に弾けるとか、コンクールで賞をとれるとか“喜びという名の反動”なんです。負荷の連続に耐えないと上達できないことを、僕は経験的に知っていた。もちろん辛いことだけじゃなかったですよ。中学から、日々のレッスン以外にオーケストラや室内楽の授業も受け、人と一緒に音楽を奏でることの楽しさや恍惚(こうこつ)感を知ったんです。ヴァイオリンを弾くことは生活の一部ですが、今やヴァイオリンそのものが、僕の体の一部。いや、いとしい、かわいい、恋人のようなものかな。妻がね、『ヴァイオリンが一番なんでしょ? 私は二番でいいわ』ってしみじみ言うんです。彼女が妻でよかった。一緒になってくれて本当に感謝しています」

その後公立の音楽高校を経て、東京藝術大学に入学。大学生になってからはバンドを組み、音楽のイベントを企画し、メンバーを集め、お金を集め、コンサートを進行させ、といったオーガナイザー兼プロデューサー的な役割にのめりこむ。それが現在の原点といえる。

「いわゆるクラシックのソリストになろうと思ったら、世界中を1人で演奏して回る強靭(きょうじん)な精神力、孤独に耐えうるタフさを持ち合わせていないと無理です。だけど、僕はそこまで強くない(笑)。自分は、人と一緒にエンターテインメントをつくり上げるほうが向いていたようです」

『WITH ONE WISH』ツアーの詳細はhttp://hats.jp/へ。

現在は、イギリス・ロンドンに居を構え、2人のお子さんと奥さまと暮らす。そこは家族がいるホームタウンであり、しばらく自身のレッスンに没頭する場所。その後日本に戻り、数カ月演奏旅行をするのが、近年のワークスタイルだ。

2011年の震災後初めて制作した『WITH ONE WISH』というアルバムを引っ提げ、コンサートツアーを現在行っている。1つの希望を持って、被災地の人々に頑張ってほしいという願いが込められている。

「僕のコンサートは、下は4歳から上は80歳まで、幅広い年齢の方がいらっしゃいます。20代でコンサートを始めたころの同世代のファンが、僕と一緒に年をとり、結婚相手や子供さんや親御さんを連れてきているんですよね。うん、一緒に年をとれるってすてきなことです!」

(構成=東野りか 撮影=若杉憲司)
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