いまなお、経営者・ビジネスマンたちから絶大な支持を受け、その言葉がいまも生きる松下幸之助。このほど『松下幸之助に学ぶ経営学』を上梓した学界の重鎮、甲南大学特別客員教授 加護野忠男氏が、「経営の神様」と称えられる巨人の信念と哲学を語り尽くす。

Q いまだ松下幸之助氏が注目を集めるのは、幸之助氏に匹敵する名リーダーが出てきていないことの裏返しに思えます。その原因はどこにあるのでしょう?

【加護野】リーダーの手足を縛っているのは、アカウンタビリティ(説明責任)でしょう。本当に大事な意思決定をするときの気持ちは、人に言葉で伝えられるものではない。それを説明しろと言われたら、経営者は意思決定できなくなります。

GM副社長だったデロリアン氏の内部告発をまとめた『晴れた日にはGMが見える』(J・パトリック・ライト著)に、こんなエピソードが載っていました。ある役員の提案に対して当時のスミス会長が「その提案はリスクが大きいので、特別のタスクフォースをつくってアセスメントをしてから意思決定しよう」と答えたそうです。しかし実は3回前の役員会でも同じ提案があり、今回はそのときの提案のアセスメントの報告だったとか。結局、将来に関することはいくら調べても確実なことは言えません。にもかかわらず経営者に高いレベルで説明責任を課せば、意思決定を避けるようになるのはあたりまえ。まさにアカウンタビリティが企業を殺しリーダーの手足を縛っているのです。

本当は大事な意思決定に説明なんて要らないと思います。野村証券を世界有数の証券会社に育てた田淵節也さんは、部下より上司のほうが若い部署をたくさんつくりドラスティックな改革を行いました。なぜ急いで世代交代したのかと問われて、田淵さんは「若いことはいいことじゃないですか」と答えました。実はこれはトートロジー(同義語反復)で、何の説明にもなっていない。しかし、こうした決断を思い切ってするからこそ経営者は経営者たりうるのです。

誤解なきように言っておきますが、論理的に説明する力が無駄だという意味ではないですよ。関西学院大学のビジネススクールで教鞭をとっておられる小高久仁子准教授は、外資系企業のアシスタントブランドマネジャー時代、「I think」「I guess」という言葉をけっして使わなかったと言います。アシスタントブランドマネジャーには、憶測を交えるのではなく客観的データに基づいて論理的に語る力のみ求められているわけです。しかし、データがいくらあろうと自分の直感はこれだと強く主張できる人でなければ、それより上のポジションにはいけない。MBAなどでトレーニングされるロジカルな思考は最低限身につけなくてはいけないものですが、リーダーには、さらにその上のレベルで直感力が求められるということです。そもそも直感は、ロジックによる意思決定を繰り返す過程で磨かれるもの。いくらロジカルにやっても、失敗することが多々あります。そうした失敗を積み重ねる中で直感力が培われることを忘れないでほしいです。