「取引停止を恐れ、交渉を申し出なかった」

2023年11月、中小企業庁は「価格交渉促進月間(2023年9月)フォローアップ調査の結果について」を公表した。30万社にアンケート用紙を配布し、3万5175社が回答した。中小企業の価格転嫁率(コスト増加分の何割を価格に転嫁できたか)は、3月時点の47.6%から45.7%に低下した。

ただ、「コストを全く転嫁できなかった」、「コストが増加したのに価格を減額された」と回答した企業は全体の2割ある。種々の費用項目の中でも、労務費の転嫁率は36.7%と低い。「コストは上昇したが発注企業から申し入れがなく、発注減少や取引停止を恐れ、交渉を申し出なかった」との回答も5.3%あった。

価格交渉が⾏われた企業のうち、「交渉⾃体には応じたものの、転嫁に全く応じなかった」企業の割合が⾼い業種は、トラック運送業、放送コンテンツ業、通信業などだった。

バブル崩壊後の景気低迷の中でコストカットが当たり前になったこともあり、多少のコストは自助努力で対応してほしいという、ある種の暗黙の要請は強いといえる。

中小企業の賃上げをサポートするため、政府は対策を強化した。公正取引委員会は、「価格交渉に応じないのは独占禁止法上の“優越的地位の濫用”につながる恐れがある」と指針を示した。3月15日に価格転嫁に応じなかった10社を公表したのは、その一環だ。

企業経営者の発想の転換が必要だ

賃金の上昇と、個人消費の緩やかな増加という好循環の実現のため、今春闘での賃上げ機運を一時的なものにしてはならない。企業経営者の賃上げへのコミットメント強化に加え、政府の経済政策の重要性も高まる。

まず、大企業を中心に、内部留保をより多く労働者に振り向ける動機付けが必要だ。政府が実施した賃上げ税制(賃上げや人材開発に用いた金額の一部を税控除するしくみ)に関して、賃上げと生産性の向上につながったとの先行研究は多い。そうした措置を活かすことで、企業が積極的に内部留保を賃上げの原資に使う税制を検討すべきだ。

政府は、中小企業の賃上げ支援も強化すべきだ。公正取引委員会が価格転嫁に関する監督を強化する可能性は高い。価格転嫁に関して、企業経営者の発想の転換も必要だ。高付加価値の最終商品を生み出し、収益性を高める。規模の大小を問わず、経営者はこの点をより重視すべきだ。