運命を変えたチェンジアップ

だが、男の運命なんて一寸先はどうなるか分からない――。

誰からも注目されなかった右腕は、大好きな酒を断って臨んだ96年春季キャンプでの紅白戦初戦に登板すると、2回無失点の好投を見せる。140キロ台の直球にカーブ、さらに巧みに投げ分ける絶妙なチェンジアップは、あのノムさんをして「投手としてのセンスがある」と唸らせた。ホークスでの不遇の時代に二軍で磨き上げた武器は、やがて田畑自身の運命を劇的に変えていく。

96年4月13日、中日戦に移籍後初先発すると8回までゼロ封。9回に立浪和義に一発を浴びて完封こそならなかったものの、自己最長イニングを投げ、93年以来3年ぶりの先発白星を挙げた。

これには相手の中日・星野仙一監督も「ダイエーは投手が足りんというのにあんないい投手をなんで出すんや」なんて恨み節。田畑は石井一久、岡林洋一、川崎憲次郎といった主力投手に故障者が相次ぐローテの救世主へと躍り出る。

一方で褒めて伸ばすだけが「野村再生工場」ではない。6月9日の広島戦でノックアウトを食らった数日後、練習中に腹が減りバナナを食べに行った田畑はそこにいた野村監督から延々と説教をされた。

野球ボール
写真=iStock.com/Yuttaphong Buasan
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野村監督からの強烈な言葉

広島で投げ合った山﨑健が完封したことから、「山﨑は球も速くないけど、ゴロを打たせることだけ考えてる。お前もできるはずなのになんで真っすぐばかりでいくんだ。お前も横から投げてみろ」といきなりサイド転向を示唆するガチンコのボヤキ。いきなり横から投げろ……だと? 思わずそんな心の不満が顔に出ると、ノムさんはすかさずこう言った。

「お前みたいにヤクルトのファームの四番と交換されるようなヤツには、あまり期待してないんだから」

これには田畑の忘れかけていた反骨の炎が一気に燃えた。移籍先で勝利数、防御率ともにチームトップクラスの成績を残し、ローテの座をすでに確保したつもりでいた。仕事に慣れてきた27歳、心のどこかで守りに入りかけていたところで、そんな慢心を見透かされたような屈辱的な言葉だった。

雪辱に燃えた田畑は直後の6月22日、札幌市円山球場での中日戦でわずか1安打に抑えプロ初完投初完封勝利。野村はヤクルトOBの松岡弘に対して、「あれで田畑は目覚めたよ。人間が全然変わってきた」と嬉しそうに話したという。