なぜ、定年後のキャリアのことまでサポートするのか

多くの企業では中高年のリスキリングの優先順位は低いが、定年後も見据えたキャリア形成の支援を行うことに企業としてどんなメリットがあるのか。長政部長はこう語る。

「若いときはそれこそ昇進をめざして先に進みたいという思いもありますが、40代半ばになると、この先何をめざすべきなのかがわからず、人によっては仕事に対するモチベーションが下がることもあるかもしれません。そのときに自分と向き合い、やりたいことを見つけて社員一人ひとりが進化していくことは会社にとっても大事なことです。サントリーを卒業するまでだけではなく、その先を含めて生き生きと働きたいという社員がいることは会社にとってもプラスになるはずだと考えていますし、そのためにも前向きにチャレンジし続ける環境をつくり応援していきたいと考えています」

大企業から地方自治体へ出向して見えたこと

キャリアワークショップ面談をきっかけに能力開発の大切さに気づいた一人が同社の上田俊二氏(62歳)だ。これまでにキャリアコンサルタントの資格を取得し、工場の人材育成などに携わってきた。2022年に「地方創生人材制度」に応募し、現在、岐阜県飛騨市役所に出向している。飛騨牛や長良川の鮎などの農産物をはじめ飛騨市の特産品を市外に紹介する「シティブランディングディレクター」を務める。仕事のやりがいについてこう語る。

岐阜県飛騨市役所に出向中の上田俊二さん(62歳)
撮影=プレジデントオンライン編集部
岐阜県飛騨市役所に出向中の上田俊二さん(62歳)

「飛騨市の事業者の方と連携し、商品にどういう付加価値をつけて見せていくか、パッケージを含めて提案する仕事ですが、一番大事にしたのは市役所のスタッフや事業者の方との信頼関係を築くことです。サントリー時代は上司と部下という関係の中で仕事を進めてきましたが、今はそうした権限がないなかで横のつながりを大事にし、アドバイザーとして事業者のモチベーションを上げていく仕事にやりがいを感じています。60歳を過ぎて今後のことを考えると、こうした役割を経験できたことは私にとってもプラスになると考えています」

上田氏は65歳の定年後も見据えている。「今回、地方創生に携わり、地方の現場の裏側を支える仕事の経験をしながら、こういうものが必要だとか、こういう人材がいたらよいとか、いろいろなことを学ぶ機会をいただきました。定年後は地方創生という枠組みの中で自分にできる仕事があればやりたいと考えています。そのためにも残り3年間、サントリー大学など会社が与えてくれる機会を活用し、学びたいと思っています」

2022年の総務省「労働力調査」によると、就業者のうち45歳以上の比率が56%を占めている。いずれ50代以上が半数以上を占めるのは時間の問題だ。中高年層が自発的に学び、生き生きと働く仕組みをつくることは企業の持続的成長に不可欠な重要な課題となっている。

溝上 憲文(みぞうえ・のりふみ)
人事ジャーナリスト

1958年、鹿児島県生まれ。明治大学卒。月刊誌、週刊誌記者などを経て、独立。経営、人事、雇用、賃金、年金問題を中心テーマとして活躍。著書に『人事部はここを見ている!』など。