親のエゴを戒めるブッダの言葉

受験期は、多くの親にとって非常にストレスフルな時期だ。子どもの将来を思い、最善の未来を提供したいという願望が、親自身を追い込んでしまう。

ブッダは、そんな頑張りすぎる親のために、次のような戒めを残している。

「わたしには子がある。わたしには財がある」と思って愚かな者は悩む
ブッダの真理のことば・感興のことば』(岩波文庫19頁)

「わたしには子がある」とは、「子どもは私のもの」と考えて固執してしまう親のエゴへの指摘だ。

いくら父の種を受けて、母から生まれたとはいえ、子どもは自分の所有物ではない。子どもには子どもの意思があり、能力があり、感性があり、人生がある。

天から一時的に「預かった」命だと思えば、もっと落ち着いて、客観的に子どもと向き合えるはずだ。

親の本当の願いは「大学合格」ではない

そもそも受験は何のためにするのか。大学に入るためだ。では、なぜ大学に進学するのか。それは、将来より良い仕事についたり、人生の選択肢を広げるためだ。

しかし大学進学は、子どもにとって人生のゴールではないし、親にとっても子育ての最終ゴールではない。

子育てのゴールは、子どもが親元を離れて自立することだ。自分でご飯を食べていくことができるようにすることだ。

受験はその過程に過ぎない。

そして今や、弁護士や医師といった師士業に就くのでもない限り、大学に行くことが最良の進路選択ではないかもしれない。

仮にどこの大学にも合格できなかったとしても、仕事は得られるし、何なら自分で起業すればいい。

いずれにしても社会に認められ、愛される人になってほしい。それが親の本当の願いのはずだ。

だとすれば、親が親らしくあるためにできることは、熱くなって子どもの受験に口出しすることではない。