「ばばあ汁」をおじいさんに食べさせ、お代わりまでさせた

【池上】元の話のように、前半の「事件」の残虐性、被害者の悲惨さを強調するのは、刑事ドラマなんかと同じですね。「胸のすく」後半への伏線なのでしょう。

帰宅したおじいさんは、たぬきが化けたおばあさんの給仕で、「ばばあ汁」に、「おいしい、おいしい」と舌つづみを打って、お代わりまでする。それを見たたぬきは、やおら正体を現して、「ばばあくったじじい、流しの下の骨を見ろ。」と。何もそこまでやらなくてもいいのに。

囲炉裏のイメージ
写真=iStock.com/blew_i
※写真はイメージです

【佐藤】何らかの事情で、おじいさんが帰ってくるまで家から出られない状況にあったとしたら、あえて「ばばあ汁」を作ることに合理性はあるのです。おばあさんに化けただけでは、たぬき汁を楽しみに帰ってくるおじいさんに対して、説明がつきませんから。

【池上】たぬき汁の代替品を作った。

【佐藤】その場合は、自分が生き残るための緊急避難と言えるのですが。

【池上】でも、お代わりまでさせる必要はないでしょう(笑)。

「段階的に苦痛を与える」兎のサディストぶりもすごい

【佐藤】一方、相手をひと思いに殺したりせずに、段階的に苦痛を与える兎のサディストぶりも、なかなかのものです。

【池上】まずは栗をエサにたぬきに柴を背負わせ運ばせて、それに火をつけるわけですが、これもご丁寧にふた山越えさせてから、ようやく「かちかち山」で決行するんですね。熱さに苦しがって、転げ回るように穴に駆け込んだたぬきに聞こえるように、「火事だ、火事だ」と大声で叫んで、兎は自分の仕業であることを隠蔽いんぺいしました。

【佐藤】翌日、兎がたぬきの巣穴に持参したのは、味噌に唐辛子をすり込んだ「膏薬」でした。これは、本書で出てくる「因幡の白兎」と同じパターンですね。この場合の被害者は、皮肉にも兎で、サメを騙したため皮を剝がされたところに通りかかった意地悪な神様たちに、「海水を浴びて風に当たれ」とアドバイスされるわけです。

【池上】そんなことをすれば、傷が悪化するのは目に見えています。でも、「かちかち山」のたぬきが受けた苦痛は、おそらくそれを上回るものだったでしょう。

「たぬきさん、たぬきさん。ほんとうにきのうはひどい目にあったねえ。」

「ああ、ほんとうにひどい目にあったよ。この大やけどはどうしたらなおるだろう。」

「うん、それでね、あんまり気の毒だから、わたしがやけどにいちばん利くこうやくをこしらえて持って来たのだよ。」

「そうかい。それはありがたいな。さっそくぬってもらおう。」

こういってたぬきが火ぶくれになって、赤肌にただれている背中を出しますと、うさぎはその上に唐がらしみそをところかまわずこてこてぬりつけました。すると背中はまた火がついたようにあつくなって、

「いたい、いたい。」

と言いながら、たぬきは穴の中をころげまわっていました。うさぎはその様子を見てにこにこしながら、

「なあにたぬきさん、ぴりぴりするのははじめのうちだけだよ。じきになおるから、少しの間がまんおし。」

(「かちかち山」楠山正雄)