立正大学心理学部教授
齊藤 勇氏

悪口や噂話は、人と仲良くなるための「必要悪」です。悪口なんて言わないという人もいますが、まわりから「面白くない人」「得体が知れない不気味な人」「悪口のひとつも言えない小心者」……と、マイナスの評価を与えられかねません。

心理学的見地に立つと、悪口は攻撃行動です。人間を含む動物はすべて、自己防衛のための攻撃本能を持っています。しかし、通常の社会生活では、肉体的な暴力に訴えることはルール違反。だから、言葉による“口撃”によって欲求不満を解消するのです。

ただし、誰にでも悪口や噂話をしていいというわけではありません。話す相手をわきまえる必要があります。

話し相手としてもっとも避けるべきは、上司でしょう。その上の部長や役員、社長は論外です。

たとえば飲み会の席で、できの悪い部下の文句を言ってしまったとします。それを聞いた上司は「オレのこともこんなふうに言いふらしているんじゃないか」という印象を抱くかもしれません。職場でおとなしい人ほど、要注意。酒の席で人のことをペラペラしゃべっていると、「こいつは調子がいいやつだ」と思われてしまいます。

本人に直接進言するのはもってのほかです。よく、飲み屋などで「オレに言いたいことがあれば何でも言ってくれ」と言う上司がいますが、その手に乗ってはダメ。腹を探られているだけです。ビジネスシーンに無礼講などありません。上司が悪口や噂話をしかけてきたら、それに軽くのる程度にとどめておくのが正解です。

よく学生時代の友人や家族に愚痴をこぼす人がいます。しかし、それではあまりストレスを解消できません。

悪口を言うとすっきりするのは、「カタルシス効果」が働くためです。カタルシスとは、古代ギリシャの劇場に集まった観客を精神分析学者のフロイトが説明した理論。人は演劇や芝居を見るとき、登場人物と自分の経験を重ね合わせて泣いたり憤ったりします。このように抑圧された感情を外に出し、精神を浄化することをカタルシス効果といいます。

カタルシスを得るための鍵は共鳴です。上司や部下の悪口を言う場合、その人物のことを知っているか想像できる相手でなければ、話が先に進まないはずです。不満を十分に表出できなければ、すっきり感を味わうことはできません。

同僚ならば似た不満を抱えている可能性が高く話は盛り上がりそうですが、ライバル関係にある相手だったら危険です。上司に密告されたら、目も当てられません。悪口の対象は上司ではなく部下にとどめましょう。