フィギュアスケート男子の羽生結弦選手は3連覇がかかった2022年の北京五輪で、4回転半ジャンプ(クワッドアクセル)に挑み、成功はしなかったが、公認大会で史上初めて4回転半ジャンプとして認定された。なぜそこまでして4回転半に挑んだのか。元産経新聞記者の田中充さんの著書『羽生結弦の肖像』(山と溪谷社)より、一部を紹介しよう――。
フィギュアスケート男子フリーで4回転半ジャンプに挑む羽生結弦
写真=時事通信フォト
フィギュアスケート男子フリーで4回転半ジャンプに挑む羽生結弦(=2022年2月10日、中国・北京)

前人未到の「4回転半」を銀盤に刻んだ

「これが4回転半の回転スピードなんだ」

滞空時間は一瞬だった。その後の演技のことも念頭にあっただろう。しかし、羽生選手には心地のよい時間だった。

2月10日の男子フリー。羽生選手のプログラムは、和を基調とした『天と地と』である。最終組の一つ前のグループでの演技。戦国武将、上杉謙信が主役のNHK大河ドラマのテーマ曲でもある演目は、超大技を組み込んでこそ、パーフェクトな演技になると前年シーズンから滑り込んできたプログラムだ。

プログラムの命運を握る4回転アクセルへの挑戦、そして3連覇の行方が決まるフリーは、冒頭の一発にすべてがかかっていた。音楽が流れ、羽生選手が動き出す。戦国時代が蘇ったリンクに、なめらかなスケーティングから世界最高峰の舞台に放物線が描かれた――。

幼少期に師事した都築章一郎氏から「王様のジャンプ」と教わったアクセルの最上級である4回転アクセルは、跳び上がってから着氷までに確かな手応えがあった。

世界で初めて4回転アクセルが認定された

これが4回転半の回転スピード――。羽生選手しか体感したことがないコンマ何秒の世界で、平昌五輪後に「最大のモチベーション」と挑み続けた超大技の完成が垣間見えた。

羽生選手は片足で着氷体勢に入り、右足一本で氷に降り立った。筆者はショートと同じく、JSPOの記者室でテレビ画面を凝視していた。周りにいる記者も同じだった。こらえれば成功――と思われた次の瞬間、惜しくも“手負い”の右足が耐えられなかった。

初めて実戦に投入した2021年末の全日本選手権のフリーから約2カ月で、さらに完成へと歩みを進めていたのは確かだった。全日本の4回転アクセルは、両足着氷となり、回転が足りずに3回転扱いの基礎点しか得られなかった。

今回は違う。回転不足の判定となったものの、4回転アクセルの基礎点をベースに採点された。世界で初めて、4回転アクセルが「認定」された歴史的な快挙だった。