怒りの対象は信頼している人

実際に癇癪を起こして泣きわめいている子どもをよく観察してみると、一見「怒り」だけが前面に出ているようでありながら、その奥には「悲しい」「不安だ」「怖い」「理解してほしい」などのさまざまな感情が複雑に入り交じっていることがわかります。怒りはネガティブに捉えられがちですが、自分自身を守ると同時に、他人とコミュニケーションを取るために大切な感情でもあるのです。

その証拠に、私たちは見ず知らずの人に怒りを爆発させるということはあまりありません。自分を理解してくれていたり、受けとめてくれる相手に対して、怒りという感情が湧き上がってくる。そのベースには信頼や期待、甘え、親しみが存在しています。自分にとって必要な相手とさらに関係性を構築したい、より深く理解してほしいという思いがあってこそ、怒りという感情が生じるのです。

つまり、子どもが怒りをぶつける相手というのは「コミュニケーションを取りたい、より自分を理解してほしい」と望む、その子にとって大切な人ということになります。だからこそ、そういう相手に怒りを爆発させてしまうと、本来は自分にとって大切な人を傷つけてしまうわけですから、罪悪感や悔しさにさいなまれ、子どもの心が深く傷つくわけです。

爆発の手前にある「本当の気持ち」

とはいえ、怒ってばかりの子どもに辟易としたり、火に油で子どもと衝突してしまい、途方に暮れるのが子育ての日常です。でも、少し立ち止まって考えてみましょう。その子の怒りの奥底に「自分を理解してほしい、コミュニケーションを取りたい」という欲求が存在していることを理解するだけでも、対応が少し変わってくるかもしません。

子どもの怒りが爆発する手前のところに、「本当の気持ち」が存在しています。たとえば「妹や弟と同じように甘えたい」という気持ちがあって、それが叶えられないときに怒りが爆発してしまう。その気持ちを理解して受けとめてあげることで、子どもの気持ちは楽になります。

私が監修した絵本『かいじゅうポポリは こうやって いかりをのりきった』のなかにも「いかりはね、きづいてもらえないことが なにより きらいなんだ」という言葉が出てきます。大人でも、自分が怒っている本当の理由や怒りの声にちゃんと耳を傾けられていないことが多い。そこを受け止めないままに、怒りを無理やりに収めたり、自分のなかから追い出そうとすると、怒りが本来伝えようとしている大切な感情に向き合えなくなってしまいます。

大人でも、自分の怒りを正確に把握できないことはある。まして子どもには難しいこと。
大人でも、自分の怒りを正確に把握できないことはある。まして子どもには難しいこと。出典=『かいじゅうポポリは こうやって いかりをのりきった』(パイ インターナショナル)

養育者からしたら理不尽で無理筋な言い分でも、その理由を理解したり、お互いの本当の気持ちを共有したりという経験を何度も重ねることで、子どもは自分の思いを伝え、相手から受け入れられることを学び、他者への信頼を育んでいきます。それもまた心の器を少しずつ大きくしていくことにつながります。そういった意味では、親子の衝突も、学びにつながる第一歩になることがあります。