敵の謀略、策謀を読んで無力化すること

「そんなことができるのか?」と疑問に思う人もいるでしょうが、孫子はその方法も教えてくれています。「上兵はぼうつ。其の次は交を伐つ。其の次は兵を伐つ。其の下は城を攻む。」(謀攻篇)と言うのです。

最上の戦い方は、敵の謀略、策謀を読んで無力化することであり、その次は、敵の同盟や友好関係を断ち切って孤立させることであると。それができなかったら仕方なく戦闘に踏み切るわけですが、最悪なのは敵が守りを固めている城をわざわざ攻めに行くようなことだというわけです。そんな戦いをしてしまえばたとえ勝ったとしても自軍にも大きな損害があるのは間違いありません。

現代のビジネスでも、毎月目標を達成し、成績も常にトップであろうとすれば、ライバルに負けまいと無理もするでしょうし、売り込むために値引きやタダ働きなど過剰なサービスをしかねません。無理な売り込みで客からクレームでもつけられたりしたら最悪です。

それよりも、目先の戦い(売り込み)を避け、ライバルの動きに惑わされず、販売ルートの開拓や他社と提携して販売チャネルを広げるなど、少し時間はかかっても謀(はかりごと)を巡らせて、3年後にダントツの販売実績を上げたとしたらどうでしょう。朝から晩まで走り回って無理な売り込みをするようなことをせずとも、安定的に成果を生み出す仕組みをつくるほうが良いと思いませんか。

毎月の業績は悪いよりも良いに越したことはないし、ライバルにも負けたくないですが、そんなことに一喜一憂せず、戦わずに勝つほうが余程大きな成果を上げることができるのです。

上司の目もごまかして自分の謀略を遂行せよ

「3年後にダントツの販売実績を上げるとは限らない。それまで上司に説明もできない」と思った人もいるでしょう。戦わないと言っても、一切仕事をせずにサボるわけではありません。当然上司は毎月の業績を要求してくるでしょう。「戦わずして勝つので、それまで待っててください」なんて言ったら怒られてしまいます。謀(はかりごと)ですからこちらの手の内を正直に話す必要はないのです。

孫子は、こう教えてくれています。「兵とは詭道きどうなり。故に、能なるも之に不能を示し、用いて之に用いざるを示す。近くとも之に遠きを示し、遠くとも之に近きを示し、利して之を誘い、乱して之を取り、実にして之に備え、強にして之を避け、怒にして之をみだし、卑にして之をおごらせ、いつにしてこれを労し、親にして之を離す。其の無備を攻め、其の不意に出づ。」(計篇)

ちょっと長いですが、現代語に訳すとこうなります。「戦争とは、相手を欺く行為である。したがって、戦闘能力があってもないように見せかけ、ある作戦を用いようとしているときには、その作戦を取らないように見せかける。近くにいるときには、遠くにいるように見せかけ、遠く離れているときは、すでに近くに来ているように見せることが必要だ。相手が利を求めているときには、それを見せて罠にかけて誘い出し、混乱に乗じて相手を撃つべきである。敵の兵力が充実しているときには、それを防備し、敵が強大であれば、衝突を避ける。敵が怒っているときには、これを挑発してさらにかき乱し、へりくだって低姿勢を示すことで、敵を慢心させる。敵がゆっくりと安楽にしていれば、疲労困憊させるように仕向け、団結していれば、分裂させる。敵が防御していない不備を衝き、予想していない不意を衝くのだ。」

「兵とは詭道なり」という部分だけを切り取って、孫子の兵法は勝つためには相手を騙すようなこともする卑怯な兵法だと毛嫌いする人もいる一節です。ちゃんと読めばわかるように、これは戦争における駆け引きです。命がけの戦争で、正面切って正直に戦うなんておとぎ話のようなことがあるわけないのです。

自分の意図や戦略を遂行するためには、相手にその意図を見破られないようにしつつ事を進めなければなりません。敵もまたこちらの謀(はかりごと)を潰そうとしてくるわけですからね。

したがって、上司から「君はライバルのA君に比べて業績が悪いのだから、もっと頑張れ」などと叱咤されたら、「そうですね。もっと頑張ります!」くらいのことを言っておいて、腹の中で「3年後を見てろよ」と言い放ちつつ、着実に手を打っていけば良いのです。本音や本心を安易に見せてはダメなのです。そう考えると冒頭の問題で、A君やB君を見極めるのも、表面的な部分だけでなく、それぞれの考えや意図を読みとらないといけないし、もしかすると彼らも孫子の兵法を勉強していて、「兵とは詭道なり」であなたを欺こうとしているかもしれないのです。

(図版作成=大橋昭一)
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