まずは社員を前向きな気持ちにさせたい

【松山】「勇気と覚悟が要りますよね」と私は塩澤とよく話し合ってました。みんな課題意識を持っている。なのに、誰も手を挙げられない。会社を覆う“空気”があって誰もが忖度そんたくしてしまうから。今回は、「もうコロナ前の昔には戻らない」とみんなが気付き、どうにもならない状況から「スーパードライ」を変えられたのです。

私達マーケティング本部は、あたかも人間ドックのように「スーパードライ」を360度分析。香りを向上させて、より飲み応えを追求したビールをつくり、これがお客さまに受け入れられました。

――2月22日の就任会見で、①未来志向、②顧客志向(真ん中はお客さま)、③イノベーションを創発し続ける組織(リスクをとる覚悟)、④事業は人なり(ダイバーシティー、インクルージョンの推進)、⑤サスティナビリティ経営の推進、を示しました。具体的にアサヒをどう舵取りするのでしょうか。

【松山】一言で言うと、100年後にもお客さまに愛され、世の中から必要とされる「未来のビール会社」を作りたい。100年後、ビールの比率はメチャクチャ減っているかもしれません。未来志向を最初に入れたのは、社員に向けたメッセージだからです。市場が縮小しているため、アサヒも業界全体も目先を見てしまい、みんな悲観的になっているように思います。

松山一雄氏
撮影=門間新弥
ビール類(ビール、発泡酒、第3のビール)市場は最盛期だった1994年を100とすると、コロナという特殊要因があったにせよ、2022年は59%の規模にまで縮小した。

量産体制から「価値重視」の体制へ

【松山】悲観しても何も変わらないわけで、もっと未来志向を持とうと、呼びかけたのです。未来の形は私が答えを持っているのではなく、みんなで考え一緒に作っていこう、という意味なんです。

――業界全体に閉塞へいそく感は覆っています。

【松山】顧客志向は当然として、3つ目にイノベーションと入れたのは、未来を作るなら、やはり違うものを作る必要があるからです。大きな革新でなくとも、独自価値があれば十分。違いがあってお客さまがイメージできれば、数量は小さくとも価値はある。みんなが次々に作っていけば、未来のビール会社につながっていきます。ボリュームからバリューへとターゲットを転換していきます。

――ビール会社は典型的な装置産業です。そもそも工場稼働率を上げるため量が求められ、小さな独自価値の追求とは相反します。

【松山】市場の状況から、8工場体制から6工場体制にする苦渋の決断を、昨年行いました。しかし、九州の鳥栖に建設する(博多工場に代わり26年稼働する)新工場は、これからのロールモデルを目指します。

現状の博多工場は、「スーパードライ」単品を大量生産するのに適し、柔軟性はありません。これに対し新工場は、多品種少量生産に対応できるのが特徴。ビールでも、缶チューハイなどRTD(レディ・ツゥ・ドリンク)でも、ノンアルコールでもニーズに合わせた展開が可能。小回りが利いてコスト競争力、環境に優しいサスティナビリティを持ち合わせていきます。