アメリカで、違法に製造された「フェンタニル」と呼ばれる薬物の被害が広がっている。国際ジャーナリストの矢部武さんは「年間7万人がフェンタニルの摂取によって死亡している。ヘロインより何十倍も強力で、かつ安価。販売しているのはメキシコのカルテルだが、原料の大部分は中国から供給されている」という――。
米国で年間7万人の命を奪っている
いま米国で違法薬物の被害が増加し続けている。特に恐ろしい状況になっているのは鎮痛薬として使用される非常に強力なオピオイドの一種「フェンタニル」の蔓延だが、オピオイドとはケシから採取される天然由来の有機化合物や、そこから生成される化合物の総称のことである。
フェンタニルは1960年にベルギーの化学者、ポール・ヤンセン博士によって開発され、米国では1968年に米食品医薬品局(FDA)により医療用として承認された。それ以来、手術時の麻酔や集中治療時の鎮痛薬などとして広く使用されてきたが、いま問題になっているのはメキシコの麻薬カルテルなどが違法に製造したフェンタニルが米国に密輸され、多くの人の命を奪っていることだ。
米国でフェンタニルが蔓延した背景には、以前からヘロインやコカイン、メタンフェタミン(覚醒剤)など違法薬物の取引が盛んに行われ、闇市場のネットワークが確立されていることがある。それに加え、2000年代初頭から、医師によって処方されるオピオイド鎮痛薬の依存症になる人が増え始めたことも関係している。処方薬に依存すると、医師の処方が中止されても使用をやめられず、違法薬物に手を出す可能性が高くなるのである。
このような米国のオピオイド需要の高まりに目をつけたメキシコの麻薬カルテルが、ヘロインより何十倍も強力で、かつ安価で生産できて利益率が高いフェンタニルの製造・密売を始めたのである。
一方、米国でのフェンタニルの流行とともに薬物過剰摂取による死者は急増し、米疾病対策予防管理センター(CDC)によると、2021年には10万7622人に上り、その約3分の2に当たる7万238人はフェンタニルによるものだという。