東芝の新しい経営者はどんなビジョンを持っているのか。3月に就任した島田太郎社長は「データを活用したデジタルの世界が本格化している。そこには日本企業だからできることもたくさんある」という。立教大学ビジネススクール田中道昭教授との対談を前後編でお届けする――。(前編/全2回)

※本稿は、デジタルシフトタイムズの記事『東芝の舵を取る新社長 島田太郎氏が見据える復権の鍵』(11月17日公開)の一部を再編集したものです。

「想像力」には限界がある

【田中】東芝の社長になられていかがでしょうか。CDO(最高デジタル責任者)のときから、なにか大きな変化があったのか。あるいは考えたとおりだったのか。

【島田】やはり山の上に登ると景色が違います。下から山を眺めるのと、実際に登ってみての違いはありますね。ただ、私が考えている方向性は正しいという確信がより深まりました。

【田中】今日は、どう確信が深まったのかを詳しくをおうかがいしたいと思いますが、まずは山の上から見た景色のなかで、違ったところをお教えいただけますか?

【島田】やはり、日々会う人も、アクセスできる情報量も違ってきますが、それらは想像と少しだけ違ったという感じです。私は今までに幾度か社長の経験をしていますが、そのたびに思うことですね。一番大切なことは自分の想像力には限界があるということです。社長になったことで今までとは違うインプットが入ってきて、より先が見通せるようになりました。

【田中】「想像力」というキーワードが出ましたが、東芝の綱川前社長は退任の際に全社員に送ったメールの中で、島田社長の「ビジョン創造力」「提案力」「実行力」を評価していたとお聞きしています。やはり「想像力」も社長になると変化が生じますか。

【島田】そうですね。僕が初めて社長になったのは43歳だったと思います。当時はその年齢で社長になる人はほとんどおらず、新しい社長は毎回、外部からやってくる50~60代の人間というのが通例でした。自分が社長になったらそこで満足するだろうと思っていたのですが、実際に自分が内部昇格で社長になってみると、次の世界、目標が見えてきました。想像力のエネルギーが充填されるような感じでした。

【田中】今回登られた山は日本を代表する山の一つかと思います。ビジョンと想像力については、社長に就任されてさらに刷新されたのでしょうか?

【島田】基本的な路線は以前と同じですが、規模感、もしくは広がる余地は随分と増えたと思います。

島田太郎氏
写真=デジタルシフトタイムズ
島田太郎氏

会員数100万人を超えて見えてきたこと

【田中】昨年の3月5日から開催された「Digital Shift Summit 2021」ではスケールフリーネットワーク(※1)のお話がありました。CDO(最高デジタル責任者)時代から標榜されていた概念ですが、あれから1年半経った現在ではどう進化したのでしょうか?

(※1)ネットワーク理論の分野においてリンク(枝)が一部のノード(点)に極度に集中しているネットワークのことを指す。

【島田】2022年10月26日に、スマートレシート(※2)の会員数が100万人を突破しました。もっとスピードを上げたかったと思う一方で、世の中にまったく存在しなかったビジネスが実現できるという確信は深まりました。

(※2)東芝テック株式会社が開発、運営し、東芝データ株式会社が運営を支援する電子レシートサービスのこと。

【田中】100万人突破は一つの大台だと思いますが、顧客の利便性や体験価値についてはどう進化したのでしょうか?

【島田】我々には二つの顧客が存在します。スマートレシートでは、実際にアプリを使ってもらう人と情報を活用したい側の二つです。先日、後者のためにつくったダッシュボードをCEATEC(※3)で展示したところ、今まで見えなかったものが見えるようになったと大変好評いただきました。広告の効果測定は確実にできるようになってきましたね。広告を打った後に商品が本当に売れたのか、競合から乗り換えたのか、そういった点まで分かるのが非常に大きな強みで、そこは大きく進展したのかなと。