木屋といえば、包丁の老舗中の老舗である。創業は寛政4(1792)年だから、今から219年前のことだ。江戸後期で、徳川家斉が寛政の改革を行っていた頃になる。

現在の木屋は、東京・日本橋三越の斜め向かいにある「コレド室町」という近代的なビルの一階に本店を構えている。

店内の中央にはカウンターのような流し台が設けられている。ここで、前掛けをかけた職人さん(木屋の社員)たちが、数人並んで包丁を研いでいた。シュシュとリズミカルな音が聞こえる。壁際のケースには、何十種類もの包丁やナイフが並んでいる。

今回の調査目標である「包丁の研ぎ方」を教えてくれるのは、石田克由さん。包丁を研いで42年というベテランだ。

石田さんの実演を、生活なんでも調査隊の3人は、カウンター越しに見守ることにした。研ぐ包丁は、ステンレス製の三徳包丁である。日本の家庭で最も多く使われているものだ。

石田さんは、「1回や2回で、研げるようになるもんじゃありません」と、隊員たちの出はなをくじくようなことを言った。「でも、何回もやっているうちに、考えなくても手が動くようになるもんです。そうなれば、シャープナーを使ったときとは、切れ味に格段の差が出ます」

普段シャープナーに頼り切っている隊員2号のイラストレーター女史の顔に、やる気がみなぎってきた。石田さんは、「何にも知らない人を相手にしたつもり」で、丁寧に手順とコツを伝授し始めた。

手順(1) 砥と石いしを準備する

「講習会で、砥石を持ってきてと言うと、包丁と相性の悪いものを買ってくる人がいます。売るほうにも知識が足りないんでしょう」

砥石には、きめの粗さによって荒あら砥と、中なか砥と、仕上げ砥の3種類がある。一般家庭では、中砥だけで十分である。

大切なのは、材質だ。同じ中砥でも、アルミナ質研磨材のものは削る力が弱く、ステンレス包丁には向かない。炭化ケイ素質研磨材の砥石を用意すること。レンガ色の砥石はアルミナ質だから、避けたほうがいい。

砥石を10分以上水に浸し、畳んだぬれタオルの上に置く。

手順(2) 包丁の「表」から研ぐ

利き腕で包丁を持ち、刃を前に向けたとき、外側になるのが「表」である。研ぐ割合からすると、「表が8割、裏は2割」というから、「表」と「裏」の違いは重要だ。

刃の「表」を砥石にのせる。このとき、包丁は砥石に対して真横ではなく、50度くらい斜めにする。それから前後に動かすのだが、一度に刃全体を研ぐことはできない。刃を4つぐらいに分けて、刃元から順に研いでいく。

右利きの人は、柄を右手で握り、左手の人さし指、中指、薬指の3本を研ぐ部分の刃に押し当てる。そして研ぎ幅が1、2ミリになるように、峰を少し浮かす。ちょうど峰と砥石の間に10円玉が3、4枚入る程度だ。「柄を握った手は包丁を固定させるだけです。

刃を押さえている3本指で前後に動かす感じですね。スピードは速からず遅からず。峰の浮かせ具合を一定に保つことが大事です」

水でぬらしながら研いでいると、黒い研ぎ汁が出てくる。「この研ぎ汁がとても大事で、研ぎ汁が出ないようではダメなのです。いい砥石は、研ぎ汁がよく出ます」

しばらく研ぐと、「表」の刃の先端が、「裏」側にかえる。指先で「裏」側を触ると、ちょっと引っかかる感じだ。この「カエリ」が出るまで研ぐ。

刃元は研ぎやすいが、刃先に近づくにつれてやりにくくなる。そんなときは、柄をわずかに持ち上げて、研ぎ角度をつけるといいそうだ。