親がお金持ちでなければ就けない職業

【井上】日本の入試制度はよく叩かれますが、平等という点では素晴らしいと私も思います。ただ最近は総合型選抜(AO入試)といって、学力テストではなく、高校のときにボランティア活動をしていたとか、棋士になれるくらい将棋が強いといった特技をアピールして合格させる入試も増えています。

その場合はやはり親が裕福な子のほうが有利です。裕福な家ほど、家庭に文化資本があるから、ボランティア活動とか将棋をさせられる。受験勉強であれば貧しくても、コツコツがんばれば逆転できるかもしれないので、アメリカより日本の入試制度のほうが公平と言えます。それでもやはり親が金持ちでないと塾に行けないので、進学に不利な時代になっています。

【宮内】「どのような家庭に生まれ育つか」という運の部分が大きいですね。

【井上】職業の中にも、親がお金持ちでないとなることが難しい仕事があります。たとえば医者になれるかどうかも、やはり親次第という面がありますね。

究極的には人生は全てガチャで決まる

【井上】サンデルさんは言っていないことですけど、私は「貧しい家庭から這い上がって成功した」という人も、もちろん本人が努力した結果とは思いますが、「努力する能力をどこかで身につけることに成功した」という意味で、究極的にはやはり運がよかったのではないかと思うんです。

人一倍努力できるというのはひとつの能力で、それを獲得できた要因が遺伝か環境かはわかりませんが、とにかく身につけられたことはラッキーだった。そういう意味では人間、究極的には全部運ではないかと思います。

近頃、「親ガチャ」というえげつない言葉が流行っています。どんな親の元に生まれるかという運次第で人生の大部分が決定されてしまうという意味です。語弊があるので私は「出生ガチャ」という言葉を使っています。これは親、時代、国など、生まれに関する運不運を指す包括的な概念として使うことができます。

人生の中で出生ガチャの比重がすごく大きいですが、生まれた後も、学校でどのような生徒と一緒の教室になるかという「クラスガチャ」とか、会社でどのような上司の下で働くかという「職場ガチャ」などがあって、人生は偶然によって左右される。たまたま酷いいじめっ子がクラスにいたために、一生を台無しにされた人もいます。対人恐怖症を患って働きに出ることができないのです。

究極的には人生は全てガチャで決まると私は思っていますが、これは努力が成功をもたらし得ることと矛盾しません。人が努力家になるか否かは、出生ガチャの他、努力の大切さを啓発してくれる他人や書物と出会えるかどうかなどのやはり運によって決定される。努力家であるがためにお金持ちになった人がラッキーなのと同様に、怠け者であるがために貧しくなった人はアンラッキーであるに過ぎません。