猛獣が駆除されてきた3つの理由

人間が「猛獣」と呼ばれる頂点捕食者を駆除し、絶滅に追いこんできた理由は大きく3つあります。

まず1つ目は、頂点捕食者は人間もおそうことがあるからです。アフリカでは、いまだにライオンが人間を殺すことがあります。インドでも年間40〜50人がトラに襲われて命を落としているそうです。アメリカにおいてもクーガー(別名ピューマ)が人を襲うことがあり、過去100年間に20人以上が亡くなっています。ニホンオオカミもまれに人間を襲うことがあったため、駆除された個体も少なくなかったはずです。

クーガー
写真=iStock.com/slowmotiongli
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2つ目の理由は、猛獣は、ウシ、ヤギ、ヒツジ、ブタなどの家畜を襲うことがあるからです。家畜化され、丸々と太ったおとなしい草食動物たちは、猛獣にとっても最高の獲物です。それが災いとなり、猛獣は「大切な家畜を襲う悪者」として排除されてきたのです。

そして3つ目は、人間も生態系の頂点捕食者として狩猟をして生きてきたからです。それは、他の頂点捕食者と競争関係にあることを意味します。たとえれば「オオカミさえいなければ、もっとシカやイノシシがれたのに」という思いで、猛獣たちを駆除してきたのです。また、人間が猛獣たちと同じ獲物を捕ることで、猛獣たちのエサが不足して、間接的に猛獣を絶滅に追いこんでもきました。

猛獣が絶滅することで生態系のバランスが崩れてしまう

こうして、地球上に「猛獣たちのいない世界」が広がっていきました。現在ではライオンもトラもジャガーもチーターも、猛獣と呼ばれる動物の多くが絶滅危惧種です。オオカミも、世界各地の個体群が絶滅しました。海の頂点捕食者であるラッコも絶滅危惧種です。

猛獣がいない世界の広がりは、人間にとっては一見、住み心地のよい、安全な世界の広がりであるかもしれません。ですが、裏を返して他の生きものの立場になってみれば「人間という手のつけられない猛獣が支配している世界」ともいえるでしょう。

では、人間にとって、猛獣たちのいない世界には、何か不都合はあるでしょうか? じつは、猛獣がいなくなると、たいへん困ったことが起こることが、生態学の研究の積み重ねでわかってきました。そのしくみの1つを、例としてあげましょう。

まず、猛獣がいなくなると、猛獣が捕食していた草食動物たちが増えます。すると、草食動物が植物を食べすぎてしまい、植物が減ります。植物が減ると、植物をたよりに生きてきた多様な生きものたち(他の草食脊椎動物や昆虫の仲間など)も減少してしまうのです。

また、猛獣が競争力が強く数の多い草食動物を捕食することで、競争力が弱く数の少ない草食動物にも生きていけるチャンスが生まれ、結果として多様な草食動物が共存できる環境が保たれることもわかっています。つまり、猛獣と呼ばれる頂点捕食者がいるおかげで、生態系全体の多様性が保たれてきた、ということです。

猛獣たちはその個体数に比較して生態系に与える影響力が大きいためにキーストーン種(キーストーン=要石かなめいし)と呼ばれ、生態系の保全を考えるうえで大切な動物なのです。何かと悪役のイメージのある肉食獣が、じつは生態系にとって大切な存在であるとは、意外に思われた人もいるのではないでしょうか?