姉の遺体と10日間にわたって同居

「お姉さんの方はキッチンで亡くなっているね」

特殊清掃業者は、臭いの根源であるキッチンのマットをすぐに特定し、片付け始めた。リビングの端には介護ベッドが置かれていて、布団はどこかしこもぐっしょりと汚物にまみれていた。

特殊清掃業者が、一家の状況を教えてくれた。女性は、時たまヘルパーの助けを得ながらも、長年にわたって重度の糖尿病の弟をつきっきりで介護していたという。しかし年齢が年齢ということもあり、ある日キッチンで突然死してしまう。

弟である男性は寝たきりのまま身動きのとれない状態で、たった一人この部屋に取り残される。そして10日間もの間、誰にも見つけてもらえず、何とか部屋で命をつないでいた。

姉の死後、10日が経過した頃、ようやくヘルパーが一家を訪ねてきた。ヘルパーはその状況に驚き、慌てて救急に通報した。そして男性は何とか一命を取り留めた。

暗く、影が落ちている寝室
写真=iStock.com/Willowpix
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特殊清掃業者は部屋を見渡しながら、老老介護の過酷な現実を私にこう指摘した。

「ほら、廊下にもおむつが山積みになってるでしょ。お姉さんは弟さんの介護で、肉体的にも精神的にもすごく大変な状況だったと思うよ。ごみを捨てることも、片付けることもできなかった。

トイレの便器も黒ずんでいて、まともに使える状態じゃないよね。お姉さんは、あの年齢で毎日弟さんのおむつを替えて、介護をしていた。だから、きっと自分のことは後回しになっていたと思うし、部屋の掃除なんてできなかったんだと思う。こんな環境で暮らしていたら、体も悪くなるよね。何年も何年もそんな大変な状況で介護していたとわかるよね」

介護に追われ、気づけば社会から孤立

確かに部屋の中にはいたるところに宅配の段ボールやおむつが山積みで、ごみ屋敷と化していた。トイレは真っ黒で何年も掃除した形跡は無かった。確かに、女性は介護で精いっぱいな様子が伝わってくる。それは、老老介護の過酷な現実を伝えていた。

姉である女性が亡くなった後、何とか這いつくばって、外部に助けを求めようとしたらしい。しかしその体の状態では、玄関のドアにはたどり着くことができなかったのだろうと特殊清掃業者は推測する。

「介護をしていると日常に追われて必死で、社会から孤立しがちだよね。毎日が介護と生活で大変だから、お姉さんもすごく疲れてたんじゃないかな。男性はお姉さんが亡くなった後、自分も死ぬかもしれないって覚悟したと思うよ。ご本人からしたら、誰か助けてくれ! という極限の心境だったはず」

男性の命は辛うじて助かった。しかし今も長期間放置されたときの後遺症が残り、病院のベッドでの生活を余儀なくされている。それでもこの一家は、まだ運がいいといえるのかもしれない。