もはや春闘という言葉は死語になった。国鉄が深刻な問題を抱えていたのは事実だが、労働者の立場を守る労働運動が弱体化されたことで、今日の非正規社員の激増、深刻な格差社会を招いた罪は重いというべきである。

辞職後、彼の「世界平和研究所」に財界から多額の資金が集まったのもむべなるかなである。

あまり記憶に残らないが、「言葉明瞭、意味不明瞭」を自らのキャッチフレーズにした竹下首相も、相当のワルであった。

新版日本をダメにした九人の政治家』(講談社)を書いた“政界の暴れん坊”浜田幸一は、竹下の権勢欲は並外れていて、辞任後も、宇野宗佑、海部俊樹、宮澤喜一を据えて院政を敷いたと書いている。

皇民党事件というほめ殺し騒動もあり、見た目に軽い割には、秘書の突然の自殺など暗い影の部分が目につく首相であった。

悪名高い消費税を最初に導入したのも竹下である。

夏の国会議事堂
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だが、21世紀を迎えると、彼らを凌駕する悪辣な首相が次々に誕生してきた。

小渕、森と続き小泉純一郎が登場

“冷めたピザ”と自称し、自ら電話をかけるブッチフォンで人気のあった小渕恵三首相が突然亡くなり、「ノミの心臓、サメの脳みそ」といわれた森喜朗が首相に就任したのが2000年4月である。案の定、見るべき成果もなく退陣した。

その後、東京五輪大会組織委員会会長になり、数々の差別発言や問題発言を繰り返していたのを見ると、この人間の存在そのものが害悪だと思わざるを得ない。

小泉純一郎首相は不人気の森喜朗の後だけに期待を持って迎えられた。「自民党をぶっ壊す」というキャッチフレーズも大衆人気に拍車をかけた。

だが、小泉がやったのは、竹中平蔵を重用して無批判に新自由主義を取り入れ、規制緩和といいながら大量に非正規社員を増やし、今日の深刻な格差社会の基盤を作り上げたことであった。

国会答弁でも、「公約なんか破ってもたいしたことはない」など数々の暴言を吐き、顰蹙ひんしゅくを買った。

ブッシュ米大統領(当時)の「イラクに大量破壊兵器がある」という発言を何の検証もせずにいち早く支持を表明した。後にブッシュは、開戦の根拠となった大量破壊兵器(WMD)がイラクに存在しなかったことを知って気分が悪くなったと、米NBCテレビのインタビューで打ち明けた。だが、いまだに小泉は黙したままである。

政界を引退して東日本大震災の後から、突然「原発ゼロ」をいい出したが、首相時代の原発政策の過ちについては、「官僚に聞かされなかった」と逃げるだけである。