イスラム法学者たちが行う「類推」

そこで、もう一つの「類推」の出番ということになる。

類推を行うのは、イスラム法について研究しているイスラム法学者である。イスラム法学者は、「ウラマー」と呼ばれる。

イスラム法学には、4つの主要な学派が存在している。ハナフィー学派・マーリク学派・シャーフィイー学派・ハンバル学派である。イスラム法学者は、それぞれの学派において確立された学説に従って見解を発表する。それが、「ファトワー」である。

髪を染めていいかどうかの判断も、それはイスラム法学者が下したものであれば、ファトワーということになる。

ただ、ファトワーは、イスラム法学者であれば、誰でも発することができる。そして、イスラム教のあり方からして当然のことだが、組織によって認められた公的なファトワーなど存在しない。

イスラム法学者のなかには、見識が高いと多くのイスラム教徒から認められている人物もいて、そうした学者が発するファトワーに従うイスラム教徒は当然にも多くなる。だが、絶対的な権威を持つファトワーはあり得ない。

イスラム教徒以外が屠った肉は「ハラール」なのか

では、ファトワーが効力を持つプロセスはどのようになっているのだろうか。ここでは、イスラム教徒以外が屠った肉が果たしてハラールなのかどうかという問題を通して見てみたい。

生の精肉
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これについては、中田考が1998年に、シリアのアブー・アル=ヌール・イスラーム大学に対して、ファトワーを示してくれるよう送った質問状が参考になる。それは、次のようなものだった。

【質問】
ワフバ・アル=ズハイリー博士はその著『イスラーム法とその典拠』3巻689頁において、「キリスト教国からの輸入肉は、たとえ屠殺時にアッラーフの名前が唱えられていなくても、食用が許される」と述べています。
それでは、シャリーアに則って屠殺した肉が多少の負担で入手可能な場合でも、店で市販されているアメリカやオーストラリヤからの輸入肉の食用は許されるのでしょうか?

これに対して、イスラム法大学の学長であるアル=シャイフ・アフマド・クフタロー博士から次のような回答が寄せられた。

【回答】
「啓典の民の食物は汝らに許されている」との至高なるアッラーフの御言葉の一般原則に基づき、キリスト教国からの輸入肉は食用が許される、それを食べることに問題はない。
啓典の民の屠殺肉にはアッラーフの御名を唱えることは条件とはならない。
また同様に「ある男が預言者の許にやって来て『アッラーフの使徒様、我々の中の一人の男が屠殺をするのに至高なるアッラーフの御名を唱えるのを忘れたのを知っておられますか?』と尋ねた時、彼は『アッラーフの御名は全てのムスリムの心中に存在する』」とのハディースに基づき、ムスリムの屠殺肉にもアッラーフの御名を唱えることは条件とはならない。
それゆえ啓典の民の屠殺肉を食べることには全く問題はない。
またムスリムは負担になるならムスリムの屠殺肉の購入を義務として課されることはない。