顧客の目的は何なのかを考え直す

鉄道会社が日々直面しているのは、列車の運行サービスを確実に提供するという経営課題である。しかし、これは短期の経営課題である。レビットが論文を発表した当時の米国では、移動のために航空機や自動車などを利用する動きが広がっていた。鉄道会社が応えてきた移動のニーズは、別の手段で満たされるようになっていたのである。

短期の経営課題と、中長期の経営課題は一致しないことがある。当時の鉄道会社には、状況を俯瞰し、バスやトラックなどの新規事業に乗り出したり、あるいは航空会社との競争に対抗できる中短距離の移動の充実に経営資源を振り向けたりする発想が必要だった。しかしレビットが指摘するように、製品やサービスを確実に提供し、改善していくだけの近視眼的経営からは、この発想は生まれない。顧客のニーズをその目的にさかのぼり、芽生えつつある他の選択肢の可能性を理解しようとしなければ、短期の延長線上にはない中長期の経営課題は見えてこない。

人が移動するのは「交流」のため

レビットの発想法をさらに突き詰めていけば、鉄道が応えてきた移動もひとつの手段であり、顧客の立場にたてば、さらにその上位の目的がある(図表1)。

利用の目的を問うと、ニーズの理解が広がる

人はなぜ移動するのか、移動したがるのか。こうした問いに向き合うことで、マーケティング・サイドからの状況の俯瞰が実現する。

現代の社会における移動の多くは、交流を目的としている。ここでいう交流とは、人と人、人とモノとなどとの出会いから生まれる五感を通じてのやり取りである。

もちろん現代においても移動の目的のすべてが、交流であるわけではない。避難、運搬、労務提供などを目的とした移動もある。しかし、ビジネスや観光をはじめとする移動の多くは、交流を目的としている。

一方で移動による交流は、デジタル社会のなかで、その意義や必要性を揺さぶられている。人やモノの移動をデジタル空間で行うことはできないが、交流はデジタル空間でも可能だ。

Eコマースにより最先端のファッションに自宅で出会えるのであれば、都心の百貨店に出掛ける必要はない。同様に移動をしなくても、オンラインで世界の美術館のコレクションを見て回ることができるし、社員が現場に出向かなくても、機器のトラブルの要因が診断でき、丁々発止の商談もできる。

交通企業にとって悩ましいのは、デジタル空間における交流は低費用なことである。中でもコスト・パフォーマンスに敏感なビジネス需要については、流出の恐れが少なくない。