なぜ患者さんたちは、目の前のファクトを無視して、テレビ報道を信じてしまうのか――。人間の脳の仕組みからも興味深い現象だったので、冷静に観察と分析をしながら再度テレビを見るようにしました。

加速度的に増加した不安

テレビが絶望的な情報をひっきりなしに流す中で、患者さんの不安はどんどん増加していきました。自粛警察やマスク警察が現れ、陽性者の家に石がなげこまれました。テレビは陽性者の乗車した路線経路や乗換駅まで報道していました。

症状が無くても重症化しているかもという心配から、指先につける酸素飽和度計測器(パルスオキシメーター)が売り切れました。外来の患者さんには、クリニックの計測器で繰り返し測って差し上げました。体温計は仕事で必要な方に貸し出し、旧型を差し上げました。

精神的な不安で体調を悪化させた患者さんもいました。

「スーパーで買ってきたものに全部アルコールをかけています」「家に帰るとウイルスのツブツブを消すため服に熱湯をかけて消毒しています」と段々とエスカレート。自宅から出られなくなり内服を止めたため数値が悪くなったてしまった、という方もいました。報道された通りです(注6)

過度な精神不安によって、神経症になった患者さんも現れました。

手洗いと消毒のしすぎで手がボロボロになって血がにじんでいる人、「せきやくしゃみだけでなく、唾を飲み込む音すら他人に気にされている気がする」という人。遠くで咳の音がすると「エアロゾル拡散のコンピューターシミレーション映像が蘇って怖い」とPTSDのフラッシュバックのような話をする若い患者さんもいました。

ついには「隣の人が全員コロナを持っている気がする」「人が触ったもののあとに、コロナの黒いツブツブが見える気がする」といった妄想に近い患者さんが現れてきました。「私は若者が歩いている道は避けている」「私に向けて咳やくしゃみをしている」ということをお伺いした時には無力感を抱いてしまいました。

フェイスマスクを着用したアジアの先輩女性
写真=iStock.com/SetsukoN
※写真はイメージです

環境による精神病状態からの離脱

人は環境によって必要ない行動を繰り返したり、見えないものが見えたり勝手に妄想したりするようになってしまいます。強迫性障害(強迫神経症)や統合失調症の妄想のような状態と言えるでしょう。これは環境に反応したものなので、本当の精神病とは異なるものです。

とりまく状況が改善すれば、心も健やかに回復するはずです。安心材料が一つでも増えればと願い、ブログをつづり、プレジデントオンラインのコラムを連載しました。