銀行のニューヨーク駐在員時代、日本からのお客様の案内や接待をした経験があります。そのとき気づいたのは、社会的地位が高く、忙しい人ほどお礼状をマメに送り、しかも自筆だということです。それ以降おつきあいした方々も同様で、さらに届くのが翌日であるなど、早いことも共通していました。

<strong>テルモ会長 和地 孝</strong>●1935年、神奈川県生まれ。横浜国立大学卒後、富士銀行入行。89年、テルモ常務取締役就任。95年社長、2004年から現職。14期連続増収・8期連続増益を達成。
テルモ会長 和地 孝●1935年、神奈川県生まれ。横浜国立大学卒後、富士銀行入行。89年、テルモ常務取締役就任。95年社長、2004年から現職。14期連続増収・8期連続増益を達成。

お礼状の大切さは万国共通です。多くの外国の方とお会いしますが、トップクラスの人からは必ずお礼状が来ます。お礼状を出さない人はグローバルな仕事はできないと言っても過言ではないでしょう。

なかでも印象に残るのはマザー・テレサからのお礼状です。経団連のミッションでインドに出かけた折、彼女の活動に触れ、帰国後に注射器などを贈りました。するとすぐに私宛にお礼状が届き、そこにはこう書かれていました。

「私を診てくださったすべての医師、看護師、そして治療に使った薬や医療機器、これらのおかげで私が今、生かされており、これらを通して、神様はたくさんの愛を示してくださいました」「この感謝の気持ちをテルモの皆さんのための祈りに代えて贈ります」。

実に心温まる手紙です。お礼状で大切なことは、心が伝わることです。その意味で、もう一つ印象に残るお礼状があります。拙著を高名なサッカー監督に差し上げたところ、自筆のお礼状をいただきました。

私は本の中で戦後の日本は衣食住の時代から遊びや健康を大事にする時代に入り、今後は「美意識」が大事になると書いていました。それを踏まえて、お礼状には「戦後の日本は好きか嫌いか、損か得かという価値観を重視してきたように思う。それはじつに浅薄な価値観であり、美しいか美しくないかということが非常に大事な価値観だと思う」とありました。本を読んだうえで、自分なりの解釈を伝えてくれたのです。

人とお会いするとき、私は何かしら自分の向上にプラスになるものを得たいと思って接します。そして、話の中で印象深かったことをお礼状で触れるのです。相手も自分の話が役に立ったことを素直に喜んでくれるでしょう。

定型にとらわれることなく、その人との「接点」を大事に表現することが、いちばんの「お礼」ではないでしょうか。