「プライドが高く、自分はとにかく『できる人間』と思っている」

溝手氏は自民党参院議員会長や国家公安委員長などを歴任した当選5回の大物で、「安倍1強」時代にあって安倍晋三総理への批判を公言する「武闘派」としても知られる。だが、総理官邸サイドは党広島県連の反対を押し切って案里氏を擁立し、案里氏と溝手氏の支援レベルは「10倍近い差」(自民党関係者)をつけた。案里氏には菅義偉官房長官が選挙応援に駆け付けるなど異例のバックアップ態勢をとっている。

その理由は「反安倍色」が強い溝手氏を踏み台にしてでも「親安倍」「親菅」の案里氏を当選させたいとの思いがあったからだ。夫の克行前法相は、菅官房長官の側近中の側近で、菅氏を支える「菅グループ」の筆頭格だ。参議院選挙の前に改元を発表し、「令和おじさん」と人気が急上昇した菅官房長官は飛ぶ鳥を落とす勢いで「(広島選挙区から)2人も出すのは馬鹿げた話」(溝手氏)との反対論を封じた。参議院選挙後の昨年9月には内閣改造で法相に克行氏をねじ込んでもいる。克行氏はどのような人物なのか。かつて所属した派閥「平成研究会」を担当した全国紙政治部記者は「プライドが高く、自分はとにかく『できる人間』と思っている。気に食わないことがあると怒り、権力者にはすり寄る」と評する。

前法相を逮捕する異例が起きるまで…

すでに長期政権となっていた安倍政権で法相に就任し、「我が世の春」がついに訪れたと思っていたことだろう。だが、就任直後に週刊文春による「文春砲」が炸裂し、わずか1カ月半でのスピード辞任に追い込まれた。ちなみに、この10月にはもう1人の「菅グループ」の中心である菅原一秀経済産業相にも「文春砲」が直撃し、その有権者買収疑惑によって辞任を余儀なくされている。内閣改造後1カ月で閣僚2人が辞任するということだけでも異様だが、ともに菅官房長官が入閣を後押しした「菅グループ」の中心人物だったというから驚きだ。安倍総理と菅官房長官との間に生まれた「亀裂」はこの時期から始まったとされ、政権中枢の最終決定ラインは「安倍―菅」から「安倍―今井尚哉総理補佐官」に移った。

「官邸の守護神」とまで言われた東京高検の黒川弘務前検事長の定年延長を特例的に認める閣議決定がされたのは今年1月だったが、その黒川氏も5月の「文春砲」で産経新聞記者や朝日新聞社員との「賭けマージャン疑惑」を報じられ、辞任。菅氏が推していた検察幹部の定年を延長する検察庁法改正案は頓挫し、「黒川検事総長」は幻に終わった。この人事をめぐって法務・検察不信は高まり、黒川氏の後任の林真琴東京高検検事長や稲田伸夫検事総長らは政権との距離を見直すとともに、法務行政のトップだった克行前法相の逮捕に踏み切る「GOサイン」を出すに至っている。