教科書的にはマーケティングは、戦略立案からはじまる。しかし戦略とはゴールにいたる道筋を示すものであって、当初のエニカのように、マーケティングのどのようなゴールに結びつけていけばよいかが、そもそも見えていないような場合には、他にやるべきことがある。

こういうときは、戦略からはじめず、コミュニティに参加し、ユーザーと飲みに行くことを優先するほうがよいと宮本氏はいう。マスプロモーションに頼るのではなく、個人間のカーシェアを楽しむ人たちが、何を求めているのかを理解し、手触り感から仮説をつくることからはじめなければならない。

エニカという個人間のカーシェアの価値は、利便性か、経済性か、同好の士の交流か。その解はエニカにも利用者にも、当初は十分に見えていなかった。

宮本氏は、戦略立案は後回しにし、手中の鳥ともいえるコミュニティに注目し、その活用の仕方をパッチワーキングのように、新たに発想で柔軟につなぎ、「Anyca・ストーリーズ」をはじめとする低予算でテストできる許容可能な活動を進めていった。さらに宮本氏は、デジタルコミュニケーションの特性を活かして、数字で利用者の反応を素早くとらえるようにし、短期間での修正を繰り返してきたという。

価値のイノベーションの実験台に

日本では個人間のカーシェアは、今のところ発展途上にある。そのなかにあってエニカが25万人の会員を獲得していることの事業戦略上の意味を、最後に確認しておこう。

先述した鍵の受け渡しの問題についていえば、オーナーが自家用車を改修しなくても、シェアリングの際にドライバーがスマホのアプリなどを使って開錠し、エンジンを始動できるシステムがあがれば解決する。2019年9月には国土交通省が、スマホを自動車の鍵に使えるように、規定を変更することを発表した。

そのためのシステムの開発投資をDeNA SOMPO Mobilityはすでに進めている。そして、個人間のカーシェアに欠かせない自動車保険についても、エニカへの出資に2019年から加わったSOMPOホールディングスが、利用データを解析しながら、個人間のカーシェアに適した新型保険商品の開発を進めている。

これらの開発の成果が、近い未来において、エニカが獲得した会員のネットワークと結びついていく。ライバル企業は同様のシステムやツールはつくることはできても、個人間カーシェアの利用者を先に囲い込まれていると、顧客の獲得は難しくなる。

人はなぜ自家用車をシェアするか。これは単純な経済合理性を超える問題なのかもしれない。この価値のイノベーションをめぐる探索を、エニカは実践的なアクションリサーチを通じて進めている。急速に進むデジタル・イノベーションのなかで、目が離せない動きである。

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