不注意や体調不良でバイトを転々とする暮らし

どうにか卒業して、それなりに名の通った会社に就職することができた。勇んで電話すると、継母も喜んでくれたが、話はいつのまにか、弟の自慢話に変わっていた。

せっかく入ることのできた会社だったが、気を遣いすぎて疲れてしまううえに、ミスや遅刻を連発した。また失敗すると思うと、余計におどおどして、浮き足立ってしまう。次第に居づらくなって、一年ほどで辞めた。

しかし、実家には辞めたとは言えず、バイトを転々としながら食いつなぐ暮らしだった。一年の三分の一くらいは調子が悪く、寝込んでしまうので、どの仕事も長くは続かなかった。なんとかしなければと思うのだが、一人でいるときは、ぼんやりして、時間だけが経ってしまう。だらだらするばかりで、計画的に何一つできないのだった。物の管理もスケジュールの管理も満足にできず、部屋は混乱しきった状態だった。

いま、三十代になり、なにもかもがうまくいかないのは、最近、よく耳にするADHDによる不注意のせいではないかと思い、原因を知りたいと相談にやってきたのである。

大人にも「ADHD」という診断が認められるように

Tさんのように、片付けができない、不注意でミスばかりする、衝動的に行動して失敗するといった「症状」で悩んでいる人は少なくない。大人の半数が、不注意の「症状」を抱えているともいわれている。

Tさんのような症状を訴えて、医療機関を訪れると、簡単なチェックリストをつけさせられたうえで、しばしば与えられる診断名が「大人のADHD」である。

ADHDは、発達障害の一つで、多動や衝動性、不注意を特徴とし、先天的な要因の強い障害とされる。元来子どもの障害と考えられてきたが、Tさんのように大人でも、不注意や衝動性、落ち着きのなさといった問題で苦しむ人が増え、大人にも「ADHD」の診断を拡張しようという動きが強まった。

子どものADHDには、中枢神経刺激薬などのADHD改善薬が処方されることが多いが、こうした薬剤を大人にも使うためには、診断を拡張する必要があったのだ。

アメリカ精神医学会は診断基準を変更して、それまで児童に限定して適用していたADHDという診断を、大人にも適用できるようにした。日本など、多くの国がそれに追随した。それにより、児童にのみ使われていたADHD治療薬が、大人でも使えることになった。

その代表的な薬剤である中枢神経刺激薬は、覚醒剤などと同じ作用を持つが、覚醒剤よりゆっくり作用するように工夫されている。興奮や快感を生じない範囲で、前頭前野の働きを高め、不注意や衝動性を改善しようというのである。