「相手の土俵に乗せられない」ことが大切

このように「呪いの言葉」は、相手の思考の枠組みを縛り、相手を心理的な葛藤の中に押し込め、問題のある状況に閉じ込めておくために、悪意を持って発せられる言葉だ。

だから、呪いの言葉を向けられたら、その言葉に搦めとられないことが大切だ。「辞めればいいと言ったって……」と考え始めた時点で、あなたはすでにその呪いの言葉に搦めとられ始めている。

では、搦めとられないためには、どうすればよいだろうか。大事なのは、「相手の土俵に乗せられない」ことだ。「相手の土俵に乗せられている」と気づいたら、そこから降りることだ。

そのことを私に教えてくれたのは、カスタマーセンターの仕事に関わりのある人だった。カスタマーセンターには、理不尽にクレームを言いつのる電話もかかってくる。そういう電話に真正面から向き合っていると、メンタルを病んでしまう。だからカスタマーセンターでは、正当な要求といわれのない要求を見極めたうえで、正当な要求はきちんと受け止め、悪質クレームについては、相手の土俵に乗せられないように、心理的に距離を置きながら対応するのだという。そういう心構えが、私たちにも必要なのだ。

「答えのない問い」への対処術

「相手の土俵に乗せられている」状態を考えるうえで、思想家の内田樹が重要な示唆を与えてくれている。どのように答えても「誤答」になってしまう「答えのない問い」が相手から発せられたときの対処術は、「問いの次数を一つ繰り上げる」ことだと内田は語る。

たとえば「どうして負けたんだ?」と野球チームの監督が部員に問う。あるいは別れ話を持ち出したときに「私のどこが気に入らないの?」と彼女が問う。そういったときに、その言葉を投げかけられた側は、どのように答えても「誤答」になってしまう状況に追い込まれる。

そういうときには、「ひとはどのような文脈において『答えのない問い』を発するのか?」というふうに、問いの次数を一つ繰り上げよ、というわけだ。そして、内田はみずからその問いに答えてみせる。

ひとが「答えのない問い」を差し向けるのは、相手を「『ここ』から逃げ出せないようにするため」である。

と。