【佐藤】実は、そうした考えがイスラエルの諜報機関モサドにも取り入れられているのです。それが悪魔の弁護人システムと言われるものです。

慶應義塾大学教授 菊澤研宗氏

イスラエルは1948~67年の3度の中東戦争で圧勝してきました。当時、アラブ連合軍は何度もイスラエルを包囲しますが、これに対し、70年代前半のイスラエルは人口330万人前後の小さな国でしたから、総動員体制をとると、経済が停滞してしまうのです。ですから、本当に攻めてくるかどうかを見極めることは経済政策上、極めて重要だったわけです。

73年の第4次中東戦争では、全情報機関の中で、モサドだけが攻めてくると判断しました。しかし、その情報を役立てなかった。からくも戦争に勝利しましたが、当初はアラブ連合軍の奇襲により、イスラエル軍は大損害を被りました。

その結果、首相も国防省のトップも辞めて、悪魔の弁護人システムを導入しました。すべての人たちが正しいと決めた方向性に対して、4~5人のリタイアした情報機関のプロフェッショナルたちが軍事情報のデータを読み解き、反対のことを書く。その2つの答申書を首相に渡して、首相自身に状況判断させるというシステムです。

【菊澤】それは面白いですね。

トップに求められる主観的な決断

【佐藤】通常、情報を集めて状況を判断するのは、首相ではなく、情報機関が行います。では、なぜ首相に判断させるのか。その理由をモサドの幹部は私にこう言いました。「資格制度で選んだ役人が判断を間違えて国が滅んでしまったら、悔やんでも悔やみきれない。ところが、直接選挙で選ばれた首相が間違えるならば、それは自業自得だ」と。それだから、究極の判断は首相がするというのです。

【菊澤】日本の企業もそうあってほしいと思います。最近、ある企業の方に、「トップが最後にやるべきことは価値判断でしょう」という話をしたとき、その方は「いや、そうではありません。トップには客観的なデータが上がってくるので、それを見て客観的に意思決定することが重要なのです」と言うんです。

でも、そうならば、そのようなトップの下で働く部下は不安ですね。もしトップが常に客観的に最適なものだけを選択していると思っているならば、トップは責任を取らないでしょう。というのも、客観的だからです。そして、このような思い込みをしていると、意思決定後に部下の提供していたデータに大きな間違いがあれば、自分ではなく、部下だけを責めることになるでしょう。これでは部下は萎縮してしまう。