面倒な相手を説得し、動かすにはどうすればいいのか。「論理」が通じない相手には、別のアプローチが必要だ。たとえばモーターショーなどビジネスの展示会では、ビキニ姿の女性が「案内役」を務めていることがある。それは多くの男性の「欲望」に訴えかけることで、相手の論理を甘くさせようと企んでいるからだ。そうした「レトリック(修辞法)」のコツを解説しよう――。

※本稿は、ジェイ・ハインリックス『THE RHETORIC 人生の武器としての伝える技術』(ポプラ社)の一部を再編集したものです。

説得上手な人は聞き手の感情を操作する

周りに幼い子どもがいる人なら、覚えがあるだろう。ずいぶん昔の話になるが、私が銀行でお金をおろそうとしていたとき、当時3歳だった娘が癇癪をおこし、泣き叫びながら床をのたうちまわりはじめた。周りにいる年配の女性たちの冷たい視線といったらなかった。娘が癇癪をおこした原因は忘れてしまったが、そのとき私は、がっかりした顔で娘を見てこう言った。

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「そんな主張の仕方じゃあうまくいかないよ。ちっともかわいそうに見えないもの」

すると娘は何度か目をパチパチさせたあと、床から起き上がった。「娘さんに何て言ったんです?」と、そこに居合わせた女性が驚き顔で言った。私は娘に言った言葉を繰り返し、自分は古代ギリシャから伝わるレトリックを学んでいるのだとその女性に説明した。

「説得上手な人は単に自分の感情を表すだけでなく、聞き手の感情を操作するものだ」ということを、娘は生まれたときからずっと学んできた。だから、聴衆の感情、つまり私の感情を操作しようとしたのだ。

説得するには聞き手の感情を動かすことが必要だ、と娘は知っていた。娘が私を説得しようとする場合、彼女自身の感情は関係ない。焦点を絞るべきは、私の感情だ。

感情が理性を超える

古代のソフィスト〔紀元前5世紀ごろ、古代ギリシャで金銭を受け取って弁論術などを教えていた教育家〕は、うまく使いさえすれば、「パトス(感情)」は聴衆の判断を左右することができる、と語った。最近の神経学分野における研究でも、「感情的な脳が理性的な脳を圧倒する傾向にある」という説が裏づけられた。

アリストテレスが述べたように、同じ現実でも、感情が違えば違って見える。たとえば、事態が好転したとしても、落ち込んでいる人には事態は悪くなっていると見えるかもしれない。古代ギリシャの有名なソフィスト、プロタゴラスは、病人には苦く感じられる食べ物も、健康な人にとっては美味に感じられる、と述べた。「医者は薬で治すが、ソフィストは言葉で治す」とも述べている。