研究者の無期雇用によるコスト増を大学側は恐れた

日本では若手研究者の多くが有期雇用契約であり、複数の有期雇用契約を繰り返し、教育研究経験を積み重ねることによって能力の向上を図る。よって、5年超の無期転換はむしろ研究者の能力向上の機会を奪うのではないかという大学関係者の意見はもともとあった。

だが、これは表向きの理由であり、本音では研究者などを無期雇用にすればコストアップにつながることを大学側は恐れていた。多くの大学は賃金が安い有期雇用契約の非常勤の講師・研究者への依存度が高く、無期雇用に転換すると専任教員との待遇格差が問題化することを懸念していた。山中氏の前出の発言もそれに添ったものだった。

2012年まで、政府の総合科学技術会議は改正労契法(無期転換)について容認姿勢をとっていた。総合科学技術会議有識者会議は2012年5月31日に「労働契約法の改正案について」という文書を発表している。

その中で「無期労働契約」に転換した労働者を合理的な理由に基づいて解雇することが否定されるものではなないとし、プロジェクト型の研究活動を運営していくことは可能だと述べている。そのうえで「大学機関等においては、このための体制整備に適切に取り組むとともに、単に無期労働契約に転換することを忌避する目的を以て研究者等を雇止めすることがないよう望みたい」としていた。

つまり、この時点では改正労働契約法の5年超の無期転換ルールの施行を前提にした周知活動を行っていたのだ。

▼山中所長がノーベル賞に選ばれた後、事態は大きく変わる

ところが、2012年10月に山中氏がノーベル生理学・医学賞に選ばれ、「5年超の無期転換では優秀な人材が集まらなくなる」という趣旨の発言をしたことで、事態は大きく変わる。

*写真はイメージです(写真=iStock.com/Altayb)

2013年4月1日の労契約法施行後、同年の4月11日に開催された総合科学技術会議有識者議員懇談会で、橋本和仁議員(東大教授=当時)は「大学や国立研究所において労働契約法改正に伴う所謂雇止めの問題が非常に大きな問題になっています(中略)そこで産業競争力会議においても、この労働契約法に関して、研究者については別の形を考えてほしいということを依頼している」(議事概要)と語っている。

橋本議員が言う「別の形」とは何か。それは無期転換を定めた労働契約法18条を改正し、「大学の研究者等」を適用除外とする案だった。実際に日本私立大学団体連合会は下村博文・文部科学大臣(当時)に提出した労働契約法に関する要望書(2013年6月26日)の中でこう述べていた。

「私立大学における有期契約労働者については、無期労働契約への転換ルールの適用から除外するなど、弾力的な運用が可能となるよう強く要望します」

それに先立つ6月7日には政府は総合科学技術会議の意見を反映した「科学技術総合戦略」を閣議決定し、その中で「大学等における改正労働契約法の施行等に係わる課題の精査及び対応策の検討を速やかに行い、教育研究全体として望ましい状況を創出」と記載している。