「中国のシリコンバレー」と呼ばれる新興都市・深セン。その成長ぶりには世界中が驚いている。だが一方で、香港の隣という気軽さから、日本ではうわべだけをなぞった記事も乱発されている。深センはなぜ急成長したのか。どこがすごいのか。評論家の山形浩生氏が2冊の書籍からその背景を解説する――。
深センの強さは、高速設計・高速製造を可能にする独特のエコシステムにある。深セン・華強北電脳街の「賽格電子市場」で、特注プリント基板の製造を受け付けている業者。(写真=iStock)

始まりは「香港のコバンザメ都市」

藤岡淳一『「ハードウエアのシリコンバレー深セン」に学ぶ』(インプレスR&D)は、薄いながら実に希有な本だし、日本の現在、そしてこれからのものづくりやイノベーション環境すべてに対する示唆を持つ実におもしろい本だ。

言うまでもなく日本の製造業というと、近年ではあまり明るい話題がない。日本のものづくりはすごい、という思いこみばかりが強い一方で、時代をリードするような新製品を作ることもできず、目新しさではアメリカに負け、価格では中国やアジアに負け、「いやでも高価ながら品質は」と虚勢を張っていたら、その品質も実は偽装だらけだったというていたらく。

そしてそのものづくりの新しい方向性があれこれ模索される中で、世界的にイノベーションやらIoTやらといった文脈で、中国の深センという都市がときどき取り上げられているのを目にしたことのある方も多いのではないか。香港の隣、中国本土側すぐのところにある都市、というより30年前に、まさに香港の隣の何もない更地に、香港のコバンザメ都市として作り上げられた人工都市だ。

壮絶な数の町工場ネットワーク

ここは最近になって、ハードウエアのシリコンバレーとしてもてはやされている。そしてそれは確かに、そう呼ばれるだけの中身がある場所なのだ。実はこのぼくも、何もない荒れ地だった時代から深センには何度も通い、その変化に驚愕(きょうがく)しつづけてきたし、そして過去2年くらい、まさにエレクトロニクスやハードウエア開発のメッカとして台頭してきた深センについて、おもしろいぞと旗をふってきたこともあり、次第に注目が集まってきたのはうれしい。それを取り上げるメディア記事なんかも増えてきた。

でもその相当部分は、実に皮相なものだ。香港の隣で、行こうと思えばすぐに行けてしまう気軽さが、かえって安易な記事乱発を招いている。高層ビルの乱立に感心し、そこに行き交うシェア自転車の洪水に驚いて、さらにもはや現金がほとんど淘汰(とうた)され、各種支払いがスマホのQRコードで決済されているのに未来を感じ、華強北の電子街に圧倒されて、何やら街のパワーに驚いてみせる――これが定番だ。もう少しお金がかかった記事だと、いまや大企業となったHUAWEIやテンセントなどを訪ねて通り一遍のヒアリングをしておしまいだ。