問われるのは、人本来の力
では、OODAループを回しながら、知的機動力を高めるにはどうすればいいのか。第1に、身体知の大切さを再認識することだ。身体知は経験の質・量を豊かにすることで磨かれていく。最近、IQなど数値化できる「認知スキル」に対し、「やり抜く力(Grit)」といった数値化できない「非認知スキル」が注目を浴びるが、やり抜く力も身体知だ。
第2に、相手と共感する力を持つ。共感とは相手の主観を受け入れたうえ、自分の主観も加え、1つ次元の高い「われわれの主観」に至ることだ。OODAの観察の対象が人であれば、相手の身になり直観する共感の能力が求められる。米マイクロソフトもAI開発に関して、「他者に共感する力をAIが身につけるのは極めて難しい」として、人間の「代替」ではなく、「能力の拡張」を目指す立場を明示した。AIが進歩しても、最後は人間性が求められるのだ。
第3に、「よりよい判断」を行うための「何がよいことか」という倫理観や「何をやるべきか」という自らの主観を磨く。米GEでは行動指針を「GEバリュー(価値)」から「GEビリーフス(信念)」に変えた。従来は「外部志向」「包容性」など抽象的だったが、「お客様に選ばれる存在であり続ける」「信頼して任せ、互いに高め合う」など人の内面に入り込んだ倫理的な内容になった。
日本でも家電ベンチャーのバルミューダが1台約2万5000円の価格で大ヒットさせたトースターの例がある。創業者が若いころ、放浪の旅に出たスペインの町で疲労困憊の果てにパンを口にしたときの感動を再現したいとの思いが原点となった。そして、食パンを約5000枚焼く実験により、多様な要素を五感で評価しながら、「感動のトースター」というコンセプトへと結びつけた。
知的機動戦で問われるのは人間本来の力であり、それは人間としての生き方にかかわる。自分はどのように生きるのか。改めて問い直すべきではないだろうか。
一橋大学名誉教授。
1935年、東京都生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。富士電機製造(現・富士電機)を経て、カリフォルニア大学バークレー校経営学博士(Ph.D.)。南山大学教授、防衛大学校教授、一橋大学教授などを歴任。近著に『知的機動力の本質』がある。