ご承知の方も多いと思われるが、年次有給休暇とは、(フルタイム労働の場合)就業を開始して半年間、労働日の8割以上に就労した労働者が1年に10日間以上の休暇を取得することができ、しかもその休暇については有給、つまり賃金が発生するという制度である(労働基準法第39条)。パートタイム労働者の場合であっても、就労する労働時間に対応して日数は減少するものの、有給休暇を取得できる日数が付与されることに違いはない。

私は彼との会話から、男性がその条件を満たしていることがわかったので、年次有給休暇を取得したらどうかと助言した。しかし、彼はその制度を知らないと言う。

いや、彼ばかりではない。同行している女性も私の説明に深く頷き、「良かったねー、これで大丈夫だよ!」と二人は盛り上がっていた。そして「ありがとうございました!」と私に大変な感謝を示して帰っていった。法律相談としては私はその任を全うしたといえるが、男性も女性も、そのときまで年次有給休暇の存在を知らなかったというわけだ。

私にとって年次有給休暇制度とは、労働法上の制度のうち、「イロハ」の「イ」に属する知識だと思っていたので、カップルがそのことを知らず、真顔で驚き、「そんな権利があるんだー、知らなかったねー」と頷き合うシチュエーションにこそ、ショックを受けた。この出来事は、その後も似たような場面に何度も遭遇することになる最初の一例だったので、今でも忘れられない出来事となっている。

労働者が知らなければ「絵に描いた餅」

そう、この一例を皮切りに、私はその後、数限りなく、「えー、それ、知らないんだ……」という事例に次々とぶつかることになる。

・いったん約束した賃金を勝手に減額させることはできない。
・労働者は、決められた労働時間以外の時間に労働に従事する義務は原則としてない。
・法定の労働時間を超えて働いたら残業代を請求できる。
・仕事上ミスをしたからといって、そのことに対して個人的に責任を取って、会社から求められた賠償に応じる義務はただちに発生しない。
・辞めてほしいと言われたからといって、それに対して応える義務はない。
・解雇されたからといって泣き寝入りする必要はない。その理由をただし、理由を書面にしてもらう。その書面の内容がきちんとしていなかったら解雇は違法となる。
・派遣労働者は、就業を始める前に就業条件明示書をもらい、自分の仕事内容や、問題があったとき相談する相手が誰なのか、確認しておく必要がある。
・自分が参加している労働組合から会社に対して自分の労働条件について団体交渉を求めた場合、会社に話し合いを拒むという選択肢はない。たとえ、組合員が自分一人であっても。