なぜ、安定した生活のお役人が転落したのか?

なぜ被告人は安定した公務員の生活から、窃盗で捕まる路上生活者へと転落したのか。そこには、理想と現実のギャップで苦しみ抜いた経緯があった。

被告人が役所で担当していたのは障害者福祉だったが、そこは路上生活者など社会的弱者を食い物にして儲けようとする、法律の穴を狙ったタチの悪い連中が集まる場所でもある。

その一方で、まっとうに生きていても経済的に恵まれず、やむなく生活保護を受けたいと申し出る人が、なんらかの理由で拒まれてしまうこともしょっちゅうだ。いくら個人的に力になりたいと思っても、どうにもならないことが起きる。高い理想を抱き、人の役に立ちたくて公務員になったのに、現実との間には大きなギャップがあり、そのことが被告人を苦しめる結果になった。

ほとほと嫌気が差した被告人は考える。公務員の立場ではできることがほとんどない、と。周囲の人はつい被告人に、公務員を続けつつ問題点を改善すればいいと言いたくなるが、現場で味わった絶望感は大きく、本人は公務員をやめ、直接的にろうあ者の力になるため、フリーランスで手話通訳の仕事を始めた。

▼フリーで手話通訳を始めるが、顧客は暴力団ばかり

ところが、仕事の依頼をしてくるのは(被告人によれば)暴力団関係者ばかり。弱者の味方になるどころか、暴力団関係者がろうあ者からまんまとだましとった金の一部を報酬として受け取る立場になってしまったのだ。

「手話通訳の仕事はみんな暴力団がらみなんですか。違うでしょう?」
「いえ、ほとんどそうです。いくら手当を出しても、儲けるのは悪い連中ばかりなんです」

裁判長が常識的な意見を言っても一歩も引かず、「現実はそうなんだ」の一点張りである。組織に守られることのないフリーランスで悪い連中を追い払うことさえできず、悪人の片棒をかつぐことになってしまう。そんな自分の仕事の状況に、またしても耐えられなくなってしまう。

悪い連中に利用されていても収入を得て、食べていかねばならない。と、割り切った考え方ができない被告人は、せっかくの技能を封印することを決意。高所恐怖症なのにとび職につこうとするなど、半ばやけになっていく。