リクルートを辞め、家族で移住

福岡県糸島市は、今、移住先として人気急上昇中の町である。福岡市に隣接し、九州一の繁華街・天神から電車で約30分。その一方で、海あり山ありと自然豊かで、農産物も豊富だ。特に糸島産の野菜はブランドになっている。市の積極的な移住政策も後押しして、人口は2014年度から転入増に転じた。

▼福岡県糸島市 TOWN DATA
1人当たり課税対象所得274.7万円 総人口98,435人 待機児童数0人 小売店数654店 一般診療所数78カ所

そんな糸島産の旬の野菜をメーンにしたランチバイキングの店「ダンザパデーラ」のオーナーシェフ、平野圭さんも移住者の1人。11年3月にリクルートを辞め、翌月に東京から家族で移り住み、16年4月1日に今の店をオープンした。

念願のお店をオープンさせて幸せ一杯の平野圭さんと妻の香織さん。

約10年勤めた同社では、主に旅行雑誌の編集に携わった。数多くの部下を持ち、仕事は充実していた。しかし、満員電車に揺られ、終電で帰る東京での暮らしに疑問を感じ出した。そうしたなか、仕事を通じ多くの飲食店オーナーやシェフの話を聞き、料理の面白さ、奥深さに魅了されていく。

「雑誌づくりも料理もクリエーティブな仕事なのですが、料理の世界は仕事に対する評価や反応が雑誌に比べてダイレクトで早い。そして、田舎で料理を仕事にできないかと考え始めました」と平野さんはいう。その思いを同じ会社で働いていた妻の香織さんに伝えると、すぐに賛成してくれたそうだ。

平野さんが宮崎出身で、香織さんも福岡の生まれということで、移住先は自ずと九州になった。そして、豊かな自然や、ブランド農産物の存在などを勘案して糸島に移住先を定め、毎月4万5000円の住宅ローンを組んで1800万円の中古住宅を購入した。

月給12万円で2年間の修行生活

移住してすぐ、平野さんは市の職業訓練に応募して、飲食店での実習や農業研修などを受けた。それからゴルフ場のレストランに1年半勤めるなかで転機となる出会いを得る。糸島から車で2時間ほどの田川郡川崎町にある、ヘルシー料理が人気のレストラン「ラピュタファーム」のことを知ったのだ。

「ランチバイキングがメーンで、朝採れた野菜や果物を使って40〜50種類の料理を出しています。すぐにこの店が大好きになり、働かせてくださいとお願いしたんです」と平野さんは話す。

しかし、その際に提示された条件は厳しかった。まず、朝が早いので店の近くに住むこと。そして、給料は最低賃金レベルしか払えないこと。でも、平野さんはそれらを受け入れた。

そして、家賃4万8000円のアパートに家族3人で住み始めた。一方、糸島の自宅はそのままで、ローンの返済もある。約12万円の月給は、これらに大半が消えた。「退職時の貯金約600万円を取り崩す生活が続き、2年間の修業が終わったとき、半分に目減りしていました」と平野さんはいう。