【為末】進化の過程における大部分は、運動が必要な環境下で暮らしてきたのだとは思いますが、現代の環境との相違点はどこにあるのでしょうか?

【レイティ】デジタル化によってわれわれの生活が大きく変化している事は疑いのない事実です。まるでスマートフォンやPCに取り憑かれているかのようです。デジタル技術の革新によって、人類は動き回る必要が無くなりました。

公衆衛生の領域では、「座ることは喫煙と同等の害を及ぼす」とまで言われています。座りっぱなしでいることは、身体的、精神的な問題の要因になり得る。全てのものがより簡単になり、人々は努力をする必要が無くなりました。狩猟採集民だった1万8000年前から、人類の脳や遺伝子は発達してきました。当時は、1日あたり約10-14マイル(約16-20km)移動していたんです。食糧を調達し、走り、登り、跳び、泳ぎ、物を持ち上げるといった動作を生活の中で行っていました。脳は動き続けることで進化してきたのです。

1万年ほど前から農耕が起こり、言語が発達し、社会集団が巨大化しました。より多くの食糧を入手する為に、計画性、予測力、理解力が発達していきました。より広範囲の脳細胞を活用するようになったということです。思考し、会話をし、相互に理解し合う。脳で考え、行動し続けることによって、われわれはそれを内在化させていったのです。

【為末】デジタル化を進める中で私たちは馬鹿になっているのか、賢くなっているのか。今後も、テクノロジーは活用せざるを得ないとは思いますが、一方でテクノロジーに使われているような気もします。デジタル化された世界でどのように生きていけばいいと考えますか?

【レイティ】われわれはテクノロジーに依存しています。その扱い方には配慮する必要があるでしょう。子供は特にそうですね。身体を動かしつつ、テクノロジーを扱う術を身につけなければなりません。GoogleやAmazonは、われわれに必要な物や好きな物、やるべきことを教えてくれます。しかし、その言いなりになるのではなく、われわれを幸福にしてくれるものは何かということを自身で考えるべきだと思います。

運動をすべき二つのわけ

【為末】ところで、運動をすることが有益なのはわかっていても、どういったきっかけで始め、いかにして継続すればよいのでしょうか? とくに続ける、というところで多くの人がつまづくと思うのですが。

【レイティ】運動が有益であるという動機付けが大切です。運動がうつや不安障害の予防に有効なだけでなく、脳にも恩恵があるということを理解すれば、人々はより真剣に取り組むはずです。私は現在、学校教育における啓蒙に多くの時間を割いています。というのも、子供が運動を必要としているということに気付いていない人が多いためです。

成長するにつれて、子供は外で遊ぶことから遠ざかり、デジタル機器やテストの点数にばかり注意が向いてしまう。アメリカのイリノイ州における学校教育の話があります。1万9000人の生徒が毎日体育の授業を受けた結果、太りすぎの生徒は僅か3%、2つの大きな高校では肥満体型の生徒は居ませんでした。

さらにTIMSSテストにおいて理科で1位、数学で6位という成績を収めたのです。米国の平均成績は理科が19位、数学が20位でした。これは驚くべき現象で、私が本を執筆する要因にもなりました。運動が身体のみならず感情的な健康や思考力の向上にも有益であることを、イリノイ州の子供達は知っているのです。

※TIMSS:国際数学・理科教育動向調査。国際教育到達度評価学会によって4年に1度実施されている。前回2015年度の調査では57の国と地域が参加した。