おやじ同士が本気で殴り合う、だけど安全第一。そんなボクシングの大会が静かな人気を集めている。30歳以上が対象の大会「ザ・おやじファイト」では、アマ同士が本気で殴り合う。地味なスパーリングとは違い、入場曲があり、勝てばマイクアピール、チャンピオンベルトもある。大会のため30キロ減量した43歳のカメラマン、試合の結果は――。

※前編( http://president.jp/articles/-/22312 )からの続きです。

人間性が丸見えになる

岩瀬VS永井の試合は、残念ながら永井の敗北に終わった。1ラウンドこそ手数では勝っていたものの、2ラウンドにスタンディング・ダウンを1回奪われ、3ラウンドに2回のスタンディング・ダウンを奪われて、テクニカル・ノックアウトとなった。2ラウンドと1分29秒の戦いだった。

永井はアウトボクサーで、間合いを取りながら機を見て集中的に攻撃をするタイプ。対する岩瀬はインファイターで、常に前に出ながら絶え間なくパンチを繰り出してくる。そういう相手を、ハエたたきのように無慈悲にピシャリとたたけないところが永井の弱さだが、それはよく言えば包容力であり、優しさでもある。ボクシングは人間性が丸見えになるスポーツであることを実感した一日だった。

東京下町の「熊野ジム」

横浜大会の数日後、永井が所属する熊野ボクシングジムを訪ねた。

熊野ボクシングジムのみなさん。中央が永井氏(撮影=山田清機)

創設4年目の熊野ジムは、JR常磐線の金町駅に近い。ひとつ東京寄りの駅が亀有、京成線に乗り換えてひとつ先に行けば柴又である。改札を出ると、東京の西側とはどこか違う雰囲気の町が広がる。人々の顔立ちも、どことなく違う。

ジムに着いたのは夕方の6時。熊野ジムの会員は総勢60名ほどで、内訳は小学生・中学生が15名、女性が8名、残りは30代から40代の男性である。アマチュアを対象としたいわゆるフィットネス・ジムだが、すでにOFBチャンピオンを2人輩出している。そのうちのひとり、宮田伸広(ライト級関東チャンピオン)に会うことができた。

宮田は昭和52年生まれの39歳。某メーカーで係長を務めている。熊野ジムに入ったのは3年前。会社の健康診断でメタボを指摘されたのがきっかけだった。

「なんと、ウエストが89センチもあったんです。20代の頃に少しボクシングをやったことがあったので、近所に熊野ジムができたのを機会に、ダイエット目的で15年ぶりに復帰しました」

宮田は過去を、少し謙遜して語っているのかもしれない。15年前に宮田が入門していたのは、世界チャンピオン内藤大助(元WBC世界フライ級チャンピオン)を生んだ宮田ジムである。宮田は宮田ジムで、プロを目指していたのだ。

「当時、まだ4回戦ボーイだった内藤さんにスパーリングをやってもらったりしたんですが、手も足も出ませんでした。しかも、なにクソという気持ちにさえならなかった。プロの練習はあまりにも厳しくて、挫折してしまったんです」

だが、同じ宮田ジム出身の熊野和義(元日本ライト級第4位)がジムを開いたと聞いて、宮田のボクシング熱に再び火がついた。そして、友人が出場するOFBを見て、衝撃を受けた。

「派手な入場、客席からは大声援、勝者はリングの上でマイクアピールでしょう。もう、あのリングの上に立ちたくて立ちたくて、熊野ジムに入って半年後にはおやじファイターになっていました」