賃金決定の個別化で人件費削減を目論む

多くの人は年俸制に対して、「ボーナスや各種手当がない」「残業代が出ない」などのイメージを持っているかもしれないが、これらと年俸制は無関係だ。

年俸制とは賃金の決め方の時間的単位が「年」であるというだけで、法律的にはそれ以上でもそれ以下でもない。賃金を1時間あたりいくらと決めるのが時給制。1日いくらと決めるのが日給制。1カ月なら月給制で、1年なら年俸制というだけだ。

また、年俸制と成果主義に関連があると思っている人は多いが、法律的にはまったく何の関係もない。年俸制と成果主義がセットになっている場合が多いというだけなのだ。

とはいえ、成果主義を導入する企業が増えているのも事実だ。それには2つの理由があるだろう。1つは、個人の裁量性の高い知的労働が増えてきたこと。もう1つは、「賃金決定の個別化」をすることで、人件費の削減につながることだ。つまり月給制の時代は、年功序列で毎年全社員の給料が上がっていた。しかしそれでは、あまり働かない社員の給料も上げなければならない。しかし成果主義なら一律に昇給しなくてすむ。

月給制のまま成果主義を導入するのは反発が大きいが、年俸制にするというと何となくイメージがいいため、成果主義への移行をスムーズにするためのマジックワードとして、「年俸制」という言葉が使われているところがあるのではないか。

年俸制というと、労働組合とのベースアップ交渉から切り離されて、完全に個人ベースで一人一人の業績評価をもとに金額交渉をするというイメージになるので(これもあくまでイメージ)、「おまえは成果を挙げていない」という理由で昇給させなかったり、場合によっては降給したりしやすくなる。

もっともこれは労働組合のある大企業の話で、中小零細企業になればなるほど、社員の給料は社長の一存で決まる。「おまえは今年頑張ったから、来年は給料を上げてやる」というような“粗野な成果主義”が行われているのが実情だろう。

しかし、「年俸制=成果主義」という世間の思い込みを利用し、従業員にとって不利な労働条件を出してくる会社がないとも限らない。したがって、退職金やボーナス、各種手当(家族手当、住宅手当、通勤手当など)、労働時間がどうなるのかといった点は、自社の就業規則をよく確認する必要があるだろう。

ちなみに、年俸制への移行を理由に退職金を廃止した企業が問題になったが、実は退職金やボーナス、各種手当の支払いは、もともと法律上義務付けられているものではない。だが就業規則に「支払う」と書いてあれば、法律上ではなく契約上の義務が発生する。

また、労働時間外の割増賃金(いわゆる残業手当)の支払い義務は年俸制か否かに関係なく発生するし、年俸制だからといって解雇しやすいということもない。「年俸制=こういうもの」という思い込みを捨て、一つひとつの条件について会社と話し合って確認するしかないだろう。

濱口桂一郎

労働政策研究・研修機構主席統括研究員。1958年生まれ。83年東京大学法学部卒業、同年労働省に入省。欧州連合日本政府代表部一等書記官、衆議院厚生労働調査室次席調査員などを経て現職。