網膜や肝臓を再生、根本的に病気を治す……医師から転じてバイオベンチャー「ヘリオス」を起業した鍵本氏。そのターニングポイントとなったのは、ある3人の患者との出会いだったという。

京都大学山中伸弥教授のノーベル賞受賞以来、官民を挙げて再生治療の取り組みが進んでいる。実用化に向けてさまざまなバイオベンチャーが生まれており、ヘリオスはその一つだ。

社長の鍵本忠尚氏は熊本県出身で、九州大学医学部卒業。九州大学病院で眼科医として勤めた後にアキュメンバイオファーマを設立。さらにiPS細胞の製品化を目指してヘリオスを設立した。臨床医から転じて起業したのはなぜか? 鍵本忠尚氏と田原総一朗氏の対談、完全版を掲載します。

患者増加中の眼病「加齢黄斑変性」をiPS細胞で治す

【田原】鍵本さんはiPS細胞の技術を活用して、加齢黄斑変性という病気の治療を目指しているそうですね。加齢黄斑変性は、どのような病気ですか。

【鍵本】目の奥の網膜が変性する病気です。じつは昔の教科書を見ると、「日本には加齢黄斑変性はない」と書いてあります。なぜなら、昔は加齢黄斑変性になる前に白内障で失明していたから。ところが白内障が治る病気になって、加齢黄斑変性を患う方が増えてきた。高齢化も関係しています。人間の身体はもともと50年以上生きるようにできていなかったのに、70、80と寿命が延びて、目の耐用年数を超えてしまったんですね。

【田原】患者は多いんですか。

【鍵本】ものすごく多いです。私は九州大学病院で臨床をしていましたが、毎週木曜日の専門外来には120~150人の患者さんがいらっしゃいました。いろんな統計があって人数ベースではブレがありますが、この病気の治療薬が2つあり、その世界中の売り上げは約8000億円に達しています。

【田原】治療薬があるということは、治るんですか?

【鍵本】薬で症状を改善することはできます。ただ、2カ月に1回、目に針を刺す注射をしないと再発します。しかもその注射が高くて、1回17万円します。

【田原】年間で100万円は高いですね。それで鍵本さんが新しい治療法を開発したと。

【鍵本】開発したのは理化学研究所の高橋政代先生です。高橋先生は、iPS細胞からつくった網膜色素上皮細胞を移植する技術を確立しました。簡単にいえば、耐用年数を超えて変性した細胞を、iPS細胞からつくった若い新しい細胞に置き換える技術です。我々はその技術を独占的に使える契約を結んで、実用化に向けて動いています。

【田原】治療法はできても実用化は簡単にいかないのですか?

【鍵本】理化学研究所でやったのは、患者自身から細胞を取って、iPS細胞をつくり、新しくできた細胞をシートにしてまた戻すというやり方です。このプロセスに十数名が10カ月かかりきりになるので、どうしてもお金がかかります。利益なしの原価だけで5000万~1億円です。これではどうやっても一般医療になりません。そこで我々は、ドナーから細胞を取って最終製品を大量につくり、患者に投与するやり方を開発しようとしています。これなら原価は数百万円で済むはずです。

【田原】それでも数百万円はかかりますか。

【鍵本】はい。あとは経済効果の問題です。注射の薬で再発を5年間抑えるための費用は約500万円です。一方、我々のやり方は1回で済むので、500万円より安くできれば日本全体として得をします。また、新しい治療法を実用化できれば、それを海外に輸出して外貨を稼ぐこともできるでしょう。日本に与える経済効果は、けっして小さくないと思います。