「アイビールック」から全身「ヨウジ」に変身

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縮小する百貨店業界でシェアを拡大

【弘兼】大西さんは紳士服の出身で、2003年に「メンズ館」を立ち上げています。若い頃からファッションに関心があったのですか。

【大西】もともとは接客に関心がありました。最初に就職を考えていたのはファミリーレストランの「ロイヤルホスト」。「豚ロースのしょうが焼き」が大好きで、大学生の頃からよく通っていました。縁あって内定をいただいたのですが、知り合いから「接客であれば、伊勢丹という百貨店の労働条件がいいよ」という助言を受けたんです。たしかに当時の伊勢丹は完全週休2日制。本社も東京にある。東京を離れるためらいもあって、伊勢丹を選びました。

【弘兼】そこで紳士服に配属された。

【大西】配属先は新宿本店新館(現在のメンズ館)の1階でした。

【弘兼】私の世代では「トラッド」や「アイビー」が流行しました。ボタンダウンのシャツに紺のブレザー、チノパン、ローファーの靴といった装いです。アメリカの影響が強いファッションスタイルですね。

【大西】私も同じで、まさにそうした格好をしていました。ところが、入社3年目頃にデザイナーズブランドの担当をするようになりました。山本耀司さんや川久保玲さんなど、デザイナーの世界観に統一された個性の強いファッションです。そのとき店頭の人から「あなたのようなトラッドな格好をしている人に、いろいろ言われたくない」と反発されて、服装をチェンジしました。

【弘兼】どうチェンジしたのですか?

【大西】「ヨウジヤマモト」と「コムデギャルソン」しか着ない、と。それでようやく店頭の人とも話ができるようになりました。

【弘兼】さすが。徹底していますね。

【大西】最初はきつかったですけど、次第に好きになりました。社長になるまで、ほとんどその2つのブランドだけを着ていましたね。