取調室で向かい合う刑事と容疑者。片方は相手を説得しようと意気込み、片方は不利なことを喋らないように気を配る――。刑事ドラマでよく見るこの光景、上司を説得しようとする部下、部下のウソを見抜こうとする上司の攻防に似ていないだろうか。
警視庁捜査第一課第62代課長を務めた久保正行氏は、手練手管で容疑者の心を動かし、数多くの自白に導いてきた。百戦錬磨の元刑事に、心理戦を制する極意を聞いた。
視線、皮膚、目の動き 相手のウソは最初で見抜ける
警察は階級社会です。地位と職歴がはっきりしており、企業よりも厳しい上下関係が成立しています。しかしそんな厳格な世界でも、部下によっては自分から都合の悪いことを上司に報告しませんし、時にはウソをつきます。
それは格別驚くことではありません。なぜなら人間は誰しも、ウソをつくからです。上司の中には部下が正直者だと信じ、ウソをつかれている気がしても、「何かの間違いだ」「ウソをついているとしたら理由がある」「やがて真実を話すはず」と考える者もいます。しかしこれらはすべて、都合のよい思い込み。このような時代遅れのお人よしはこれからの時代、うまくやっていけないでしょう。人、そして部下はウソをつくものと胆に銘じ、進んで見抜いていく姿勢が必要です。
それではウソを見抜くため、まず何をするべきか。それは普段から部下の行動を見ておくことです。歩いている姿、書類の持ち方、報告するとき、視線はどこにあるのか。声をかけたらどんな反応をするのか……。その癖を把握しておくことで、「今日は喋り方がおかしいな」「いつもは正しく使う書類の文言を間違えているぞ」と気づくことができる。そしてそのズレこそ、これからウソをつこうとしている“兆し”にほかなりません。その兆しを察知したら、集中力を高め、部下の動向に注意しましょう。
私が人を観察するうえで重要視しているのは、第一印象です。取り調べは、容疑者が取調室に入ってきたときから動作に目をやり、とりわけ姿勢に注目します。正直な性格の者はやましい気持ちがあると猫背気味になるし、狡猾な者はわざと胸をはるものです。
そして挨拶したとき、気にしないふりをしながら、視線がどこに向いているかを確認する。私のほうをまっすぐ見ているのであれば問題ありませんが、顔の横の何もない空間を見ている場合は後ろめたい気持ちがあるかもしれません。目をそらしたり、うつろなときも要注意です。さらに私が気にするのが、目線と皮膚の感じが一致しているかどうか。顔の血色が悪いのに目の力が強いのは、ムリしている証拠です。
やがて話を始めたとき、ウソをつくと顔全体に兆候が表れます。唇が乾く。唇をなめる。顎がピクピク小さく震える。顔が青白く、耳は軽いピンクに染まる。話すときの手の動きにも注目します。両手で顔をおおう。机を指でコツコツ叩く。手で頬や顎を触ったり、着衣で手汗を拭く。あまり大事ではない箇所で、オーバーに手を動かす。そういったどこかぎこちないと感じるときは、ウソをついている可能性が高いといえます。