にわかレトロ横丁が生まれている

私ごとで恐縮だが、80年代の終わり、大学進学で東京に来て最初に住んだのが三鷹だった。吉祥寺にも歩いて20分ほどの距離で、バイトや買い物、飲み食いなど生活圏の中心は吉祥寺だった。というわけで、懐かしさもあって本書を手に取った。

『吉祥寺「ハモニカ横丁」物語』井上健一郎著 (国書刊行会)

「ハモニカ横丁」(ハーモニカ横丁)とは、JR吉祥寺駅北口の真ん前にある一画の名称だ。ここは戦後のヤミ市をルーツにした商業地で、約3000平方メートルの入り組んだ路地に、飲食店をはじめ100軒ほどの小さな店がひしめく。東京の住みたい街アンケートで常にトップクラスにあるオシャレな人気タウンでありながら、その玄関口に堂々とこうした場所が存在するというのはすごいことだ。しかも多くの若者でにぎわい、いまや吉祥寺のランドマークとなっているらしい。本書は、そんなハモニカ横丁を軸に、全国に点在するヤミ市起源の横丁の歴史をたどりながら、その魅力に迫った「横丁文化論」である。

筆者もかつてハモニカ横丁でよく飲んだが、当時は若者は少なかった。いまよりずっと薄暗く怪しげな雰囲気の場所だった。それが98年、モダンでシャレた飲食店「ハモニカキッチン」が登場し、大きく変わる。10~20代の若者の支持を得て、オシャレ店の進出が相次ぐ。メディアでも頻繁に取り上げられるようになり、人気が高まっていった。

シャッター商店街は全国共通の悩みだ。そこでハモニカ横丁の成功に学ぼうと、各地から視察者がやって来る。そうした流れもあって2010年ごろから「横丁ブーム」なるものが起き、全国あちこちに、にわかレトロ横丁が生まれている。