今年9月、マーケティングの世界的権威・フィリップ・コトラー教授が、ワールド・マーケティング・サミット・ジャパン2014開催のために来日した。かつてはコトラー教授のテキストでマーケティングを学んだという神田昌典氏が、日本の現状について聞いた。

なぜアップルの真似をしようとは思わなかったのか

フィリップ・コトラー氏と神田昌典氏

【神田】コトラー先生は、1982年の論文で、日本のマーケティング力の高さを評価しておられますが、最近の論文では「日本はマーケティングにおいて後れを取っている」と述べておられます。この30年で日本はどうなってしまったのでしょうか。

【コトラー】日本はかつて、「2つのことをすれば勝者になれる」ということに気づくのは早かったのです。それは、「より良い製品を作ること」そして「より安い製品を作ること」。当時の米国車は信頼性があまり高くありませんでしたが、日本企業はより安心して乗れる車を、米国車よりも安い価格で販売して勝者になったのです。

その後、日本の手法を真似したサムスンをはじめとするライバルが出現しました。問題は、ライバルが出現したことではなく、ライバルの出現を脅威だとは思わなかったり、無関心だったりしたことです。日本企業が、当時起きていたことにもっと注視していたとしたら、今のようにはなっていなかったのではないでしょうか。ソニーをはじめとする日本企業はライバルの成長をどこでどのように眺めていたのでしょうか。この点は、私にとっては非常に不可解です。なぜ日本企業は変わろうとし始めなかったのか。なぜ彼らは積極的に競合相手を研究しなかったのか。なぜアップルの動向に注目して、彼らがやっていることを自分たちも真似してみようと思わなかったのか――。

【神田】今や日本は「イノベーション欠乏症」であると評する人もいます。マーケティングはその打開策となるでしょうか。

【コトラー】歴史を遡れば、かつてはアジアが様々なイノベーションを生み出してきたことがわかるでしょう。中国人は製紙、弾薬、印刷、コンパス、麺類など多くのものを発明しました。

一方、近代においては、ほとんどのイノベーションを生み出したのは欧米諸国で、アジアの国々はそれらを改良し、コストを低く抑えるという役割を担ってきました。しかし私は今後、アジア諸国がもっとイノベーションを生み出すことを期待しています。その場合に重要なのは、(ただ技術的に新しいもの、高度なものを追い求めるのではなく)マーケティングの視点を生かし、自分たちが現在、直面している様々な問題を解決する方向でのイノベーションを目指すことが重要です。たとえばインド人は、問題解決のコストに比べて、国内の消費者が使えるお金が少ないという制約があるため、ホテルや手術方法、電子機器、梱包などの分野で低コストを実現するイノベーションを次々と編み出しているという点は注目に値します。