2015年3月30日(月)

なぜサラリーマンは「残業代ゼロ」で過労死するのか?

「残業代ゼロ」で働き方はどう変わる【2】

PRESIDENT Online スペシャル

著者
溝上 憲文 みぞうえ・のりふみ
ジャーナリスト

溝上 憲文1958年鹿児島県生まれ。ジャーナリスト。明治大学政治経済学部政治学科卒。月刊誌、週刊誌記者などを経て、独立。新聞、雑誌などで経営、人事、雇用、賃金、年金問題を中心テーマとして活躍。『非情の常時リストラ』(文春新書)で2013年度日本労働ペンクラブ賞受賞。主な著書に『隣りの成果主義』『超・学歴社会』『「いらない社員」はこう決まる』『「日本一の村」を超優良会社に変えた男』『マタニティハラスメント』『辞めたくても、辞められない!』『2016年 残業代がゼロになる』など。近著に『人事部はここを見ている!』(プレジデント社刊)がある。

執筆記事一覧

ジャーナリスト 溝上憲文=文
1
nextpage

サラリーマンにデメリットだけの法案

私事で恐縮であるが、このほど『2016年残業代がゼロになる』(光文社)という本を緊急出版した。安倍政権が導入しようとしている「残業代ゼロ制度」があまりにも経営者に有利で、働くサラリーマンにとってはメリットどころか、デメリットしかもたらさない制度であるからだ。

第1次安倍政権下(2007年)で浮上した日本版ホワイトカラー・エグゼンプション(労働時間の適用除外制度、以下エグゼンプション)は世論の反発で廃案になった。当時は大新聞のほとんどが法案を批判し、反対世論形成のリード役を果たした。だが、今回は朝日、毎日、東京の3紙だけが反対色を鮮明に打ち出しているが、他紙は賛成もしくは中立を決め込んでいる。そのため世論は今ひとつ盛り上がりにかけ、エグゼンプション自体に関心がない人が多い(労働組合の連合調査では内容を知らない人が85%)。

このままではサラリーマンに不利益しかもたらさない法案が、国会で成立してしまうことに大いなる危惧を覚えたのが執筆の動機だ。

そのデメリットは残業代が出なくなるだけではない。今まで以上に長時間労働が助長され、労働者の健康被害が拡大する恐れがあるのだ。これまでは労働者を保護するために25%以上の割増賃金を支払うというペナルティを経営者に課していた。それがなくなれば、経営者は残業代を気にせずに働かせることができる。しかし安倍首相や経済界は、新制度は労働者本人が自由に働く時間が決めることができるので労働時間が減少し、ワークライフバランス(仕事と生活の調和)に資すると主張してきた。

果たしてそうなるだろうか。労働経済学者の間では、割増賃金の支払いをやめると理論的かつ実証研究でも労働時間が長くなる傾向にあることは常識とさえいってよい。今回の法案でも一応、歯止め措置が規定されている。(1)希望しない人には制度を適用しない、(2)健康確保措置――の2つだ。(1)については日本の企業で本当に機能するのか疑問だ。とくに大企業は一般の労働市場と分断された内部労働市場が出来上がっている。労働時間の決定に一社員の意向が反映されるとは思えない。

上司から「あなたは来期から新制度の対象者になりますが、いいですね」と言われて、「嫌です」と拒否できる人がどのくらいいるかということだ。年収要件の1075万円について、厚労省の担当者は「使用者との間で交渉力を持つ水準」と述べている。これは、「私をエグゼンプションの対象にするなら、会社を辞めますよ」と言うと、「いや君に辞めてもらっては困る」と引き留められるぐらいの人を指す。まず、これに合致する人がどれだけいるというのか。

PickUp