独居老人を食い物にして遺産を奪う

『後妻業』黒川博行著 文藝春秋

後妻業――。これほど言い得て妙なタイトルはないだろう。直木賞作家の黒川博行氏が2014年8月に刊行した犯罪小説である。舞台は大阪府南部。武内小夜子という69歳の女が、結婚相談所を経営する柏木亨と結託して、妻に先立たれた資産家の老人・中瀬耕造の後妻におさまる。彼が脳梗塞で倒れると、病院で静脈に空気を注射して死にいたらしめ、やがて、家族のもとに乗り込み、遺産を根こそぎ奪おうとする。

この本が、俄然話題になったのは、小説の内容と酷似した事件が京都で発覚したことによる。発売から2カ月半ほど経った11月19日、京都府警は夫の勇夫さん(当時75歳)に青酸化合物を飲ませて命を奪ったとして筧千佐子(同67歳)を殺人容疑で逮捕した。筧被告には過去3回の結婚歴と何人かの男性との交際歴があり、相手は不審死を含めて全員死亡している。小説は、この京都連続不審死事件を予言していたかのようだ。

筧千佐子は、これらの男性に財産贈与の公正証書遺言を作成させている。そして、彼らの死後、遺族と争いながらも10億円を手にした。海外でも“ブラックウィドウ”と報じられた犯人像が、黒川氏が描く武内小夜子を彷彿とさせるのだ。独居老人を食い物にして遺産を狙うことを、飽くことなく繰り返す。それはもはや、彼女にとってみれば稼業以外の何物でもない。

実は黒川氏の『後妻業』は、彼が知人に相談された話をもとにしているのだという。知り合いの父親が亡くなった際、やはり、内縁の妻を名乗る人物から公正証書を見せられ、財産を要求されている。黒川氏が弁護士を紹介するものの、結果としては法定相続人が保証されている遺留分しか請求できない。諦めきれず、興信所を使って、その女の素性を調べてみると、10年ほどの間に入籍した夫が4人も死んでいることがわかった。