長く覚えていられない、すぐに思い出せない……という記憶力の悩みを、ゲーム感覚で克服する「チェイン記憶術」を開発した岩波邦明さんが、脳研究の第一人者、池谷裕二さんに、「人間の記憶のこれまでとこれから」について聞いてきました。「鳥のほうが人間より記憶力がいい」「インターネットで脳の使い方が劇的変わった」など、脳と記憶にまつわる刺激的なお話を2回にわたってお届けします。

※本記事は『人生を豊かにする≪岩波メソッド≫チェイン記憶術』からの転載です。

「チェイン記憶術」って脳科学的にどうですか?

【岩波】もともと私は暗記がとても苦手だったんです。チェイン記憶術のメソッドを使い始めたのは、大学受験のとき。ある単語を覚えるのに、知人の名前を無理やり当てはめてみたらよく思い出せた、というのがきっかけでした。

【池谷】僕も似たことを、よくやりますよ。僕の場合、職業柄、研究室の学生が毎年毎年入れ替わって、常時数十人もいる。全員を丸暗記するのはかなり大変です。

そこで、たとえば佐藤さんっていう学生が入ってきたら、顔や性格が似ていても似ていなくても、別の知り合いの佐藤さんと結びつけて覚えたりしています。あとは、趣味なんかでつながりをつくることもありますね。たとえば、もし僕が知っている佐藤さんが将棋が好きだったら、別の佐藤さんも将棋と結びつける。そうやって、覚えるきっかけをつくるのです。

【岩波】複数の情報を鎖のようにつないでいく、というのが、まさにこの「チェイン記憶術」の基本なんですが、正直なところ、脳科学的にはどうなんでしょうか?

【池谷】私たち専門家は「アソシエイティブ(連合性)」と呼んでいるものですが、それを岩波さんはより一般的な「鎖」という言葉に置き換えているわけですね。そもそも記憶って、すべてアソシエイティブから成り立っているのです。

たとえば今、僕の目の前にある麦茶。これを覚えるときには、「麦茶」という単語だけを覚えてもまったく意味がありません。どういう色をしていて、どんな味がして、どういうときに飲んで、どういう漢字を書いて、どういう入れ物に入っていて……といった、いろんな情報が連合して初めて、意味のある記憶になる。ですから、ちょっとした単語1つ覚えるのでも、ものすごくたくさんの要素がつながっているわけです。

記憶っていうのは本質的に「つながり」で、岩波さんはその考え方をわかりやすくメソッド化したということですよね。だから、専門家の視点から見ても、奇異な感じはまったくしなくて、むしろ「いや、それはそうだよね」という感じ。僕からすれば、しごく当たり前(笑)。あ、もちろん「チェイン記憶術」に価値がないということではなくて、理にかなっているというポジティブな意味ですよ。

【岩波】若者から年配の人まで、多くの人が「記憶力を高めたい」と考えていますし、「最近、物忘れがひどくなった」と嘆く人もいます。この本は、そういう方々に役立ててもらえたらと思って書きました。

【池谷】いつも思いますが、(記憶のトレーニングを)なんでみんなやらないのでしょうね(笑)。アソシエイション(連合)するといろんなことが覚えやすくなるわけじゃないですか。こんなにいい方法なのに、そのちょっとした手間を惜しむ理由が僕にはわからない。 脳は、もともとアソシエイションしないと覚えられない構造になっているのに、丸暗記しようと真正面から挑むのが、そもそも間違っているのです。それで「覚えられない」と嘆いているのは、新幹線と駆けっこで競争して「やっぱり勝てなかった……」と言っているのと同じくらいバカなことですから。だったら、新幹線に乗ってしまえばいいのにって。